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停電で一騒動

昨日の夜中、宮城県沖の深海で、大きな地震があった。東京も震度4くらいだったか、それなりに揺れた。

揺れ以上にびっくりしたのは、停電だった。東京都内だけで、200万軒以上が停電したそうだ。福島県などにある火力発電所が4カ所くらい停止して、電力の需給バランスを保つための装置が作動した結果らしい。僕の自宅のある界隈では、結局、1時間くらい停電が続いた。東京でこんなに長時間の停電を突発的に経験したのは、初めてかもしれない。

夜中の1時過ぎに電気は通じるようになったのだが、困ったのは、固定電話とインターネットの光回線が、復旧しなかったこと。今朝になってもつながらないままなので、マンションの管理会社に電話して相談。管理会社がNTTに連絡したところ、地震の影響で依頼が立て込んでいて、確認作業に来れるのは夕方頃になってしまうと知らされた。

困った。今日は昼過ぎから自宅で、リモート取材の仕事が入っていたのだ。復旧の見込みが立たないと知らされたのも午前中の遅い時刻だったので、取材の依頼元に連絡して、あれこれ調整を試みる。取材日を来週にずらせないかとか、取材時刻を遅らせて、その間に依頼元の東京支社に僕が出向くかとか、僕の代わりに依頼元の編集担当の人が取材するかとか……。文字通りのどたばた騒ぎになってしまった。

そうして、取材予定時刻の20分前になった頃、何の前触れもなく、急に光回線の接続が復旧した。理由はわからないが、たぶん、どこかよその場所でトラブっていた中継機器が修理された際に、うちの回線も一緒に復活したのではないかと思う。

本当にギリギリの土壇場で、取材に対応できることになり、あわてて身支度と準備を整えて、本番に突入。どうにか無事に捌き切る。終わった後は、本当にいろんな意味で疲れ果ててしまって、布団に潜ってしばらく寝てしまった。寝不足だったもんなあ、昨日の夜も。

願わくば、でかい余震など、起こりませんように。

半歩ずつでも

フリーランスの身ではあるが、今日から一応、仕事始め。いつものように、朝から吉祥寺のコワーキングスペースに籠って、本の原稿を書く。

巷では、コロナ禍が再燃しつつあるようで、新規感染者数も倍々のペースで増えつつあるようだ。そう遠くないうちに、また、いろいろ面倒な雰囲気の世の中に戻るのだろう。そう考えると、気が滅入ってきそうなものだが、僕自身は、割と普通というか、まあ、ある程度予想された状況でもあるし、しゃーない、という感じで構えている。

そうしていられるのは、いくつか理由があると思う。家では、真面目な話からたわいもない話まで、家族にいつでも、何でも話せるということ。仕事では、一昨年から昨年、そして今年と、何だかんだでずっと本を書き続けられているということ。そうして作った本を読んでくださった読者の方々から、日々いろいろな感想を寄せていただいているのも、本当に支えになる。

僕の本づくりのペースは本当にゆっくりだし、一歩々々進んでいるかどうかも怪しいけれど、たとえほんの半歩ずつでも、目指す方向に進んでいけたらと思う。周囲の人々を支えたり、逆に支えられたりしながら。

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池亀彩『インド残酷物語 世界一たくましい民』読了。主に帰省中の新幹線の車内で読んだのだが、興味深い内容だった。今まで何度となくインドに行った経験のある自分でさえ、知っているようであやふやなままだった、インドという国の複雑怪奇な社会構造と、そこから生じる問題や軋轢の数々が、著者に身近な人々の実例を交えて、リアルに、かつわかりやすく紹介されている。数千年前からの執拗なしがらみに囚われ続けている人々が、それでも生き抜くために身につけた、しぶとさ、しなやかさ、したたかさ。普段からインドに関わりのある人や、まだ関わりはないけど興味を持っている人には、読んでほしい一冊。

桃鉄とコールセンター

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

神戸と岡山を渡り歩く三泊四日の帰省を終え、昨日の夜、東京に戻ってきた。とりあえず、身内の人たちはみな変わらず息災で、ほっとした。結構な強行日程の帰省だったが、行ってよかったと思う。

帰省中、特に元旦はあちこちでごちそうやお酒をたらふくいただいてしまって、我ながらやばいなあと思っていたのだが、今朝体重計に乗ってみると、ほとんど増えていなかった。一昨日と昨日、できる範囲で節制したのがよかったのかもしれない。

岡山の実家に戻った時は、クリスマスにNintendo Switchをもらった甥っ子が「桃鉄をやろう」と言ってきて、桃鉄ほぼ未経験の僕をとっちめようと挑んできたのだが、プレイした四人のうち、僕が一人だけ、ぶっちぎりで大勝ちしてしまった。すごろくみたいな運任せのゲームとはいえ、さすがに大人気なかったと反省している(苦笑)。

神戸で大学に通っている姪っ子は、以前は焼鳥屋のホールスタッフのバイトをしていたそうだが、最近はカタログ通販のコールセンターでバイトしていると話してくれた。クレーム対応などでストレスがたまるバイトなのかと思いきや、電話をかけてくるお客さんも年配ののんびりした人たちばかりだそうで、たいそう牧歌的な職場なのだそうだ。「まくらカバーが二枚ほしいと電話をかけてきたお客さんに、まくら二つを手配してしまった時は、会社の人にちょっと怒られた」と、のほほんと話す姪っ子の顔を見て、平和だなあと思った(笑)。

さて、明日からはまた、本の原稿を書き続ける日々だ。がんばります。

三年ぶりの帰省

大晦日から、三泊四日の予定で、関西方面に帰省する。神戸に二泊、岡山に一泊。荷造りその他の支度も、だいたい終わった。

時節柄、いろいろ気を遣わなければならないので、半分気休めではあるが、抗原検査キットで検査して、自分も相方も陰性であることも確認。移動の新幹線も、これまた気休めではあるが、混雑によるリスクを少しでも減らすために、グリーン車を予約。現地での行動も、どうしようもなく気休めにしかならないけれど、できるだけ用心深くふるまおうと思っている。

関西方面に行くのは、かれこれ三年ぶりくらいになる。二年前の年末年始にも計画を立てていたのだが、弔事などが重なって中止になっていた。ていうか、首都圏から外に出るのも、二年ぶりくらいになるのか。いやはや。なんともはや。

というわけで、数日間、留守にします。良いお年を。

衆院選に思う

昨日は衆院選の投開票日だった。僕の住んでいる場所の選挙区では、自分の投票した候補の当確がゼロ打ちで出たので安堵したのだが、全国での最終的な結果は、何というか、予想していた中でも下から二番目ぐらいに酷い結果になった。

衆院選に突入したタイミングでコロナ禍が急に収束して、大勢の国民が「色々大変だったけど、とりあえずお疲れさまー」みたいな心境になっていたのは、かなり影響したと思う。自民党が9月の総裁選でメディアジャックをして、そこからすぐに衆院選に突入した効果もあっただろう。大阪府民が何であんなに維新を好きなのかは、僕には死ぬまで理解できないと思うが(苦笑)。

その一方で、野党第一党である立憲民主党が、他の野党と共闘して統一候補を大勢擁立したのにもかかわらず、最終的に前回より議席を減らしたのは、むべなるかな、と思う部分もある。実際、僕も比例では、別の党に票を投じた。

ここ最近の立憲民主党は、他党の議員の合流によって頭数だけは増えてきたけれど、大所帯になってきた分、意思決定でも行動でも、どうにも筋が通らず、煮え切らない場面が多くなっているように感じる。野党間での政策や候補者の調整も、共産党などから再三再四せっつかれていたのに動きが鈍かったと聞く。もともと地方組織も脆弱な上、準備まで立ち遅れていたら、ドブ板選挙に慣れている自民党の地方組織には競り負ける。そういう競り負けの蓄積が、今回の議席減につながったのかもしれない。

このまま何も軌道修正できなければ、立憲民主党は凋落の一途を辿るだろう。その可能性は、それなりに高いと個人的には感じる。

日本はこれから、どうなるのだろう。愚かなポピュリズムとファシズムに突っ込んでいって、気がついた時には何もかも手遅れ……みたいなことにならなければいいが。それを変えられるのは、やっぱり、一人一人の一票でしかない。まだ、その一票の権利が、守られている間は。