今年の初め頃、人づてに、とあるWeb制作会社からライティングの仕事の依頼を受けた。ある航空会社が運営するサイト内で、全国各地の観光スポットを季節やテーマに応じて紹介していくコンテンツで、スポットの選定と写真素材の提供交渉(予算がないというので観光局などから無料で貸してもらうように交渉する)、そしてスポット紹介のテキストやリードコピーの執筆が僕に依頼された仕事だった。二回目からは季節に合わせたテーマ案とスポット候補の提案から参画させられた。
しかし、二回目のコンテンツが完成した後、三回目の制作は、他のWeb制作会社とのコンペになった(僕は知る由もないが、先方に航空会社のご機嫌を損ねる何事かがあったらしい)。僕は当初そのコンペにはいっさい関与していなかったが、インドから帰国した直後あたりに、先方の社内で配置換えさせられたばかりの女性プロデューサーから「こちらで提案した企画が差し戻されて、再提出の期限が迫っています。何かいいアイデアはありませんか?」という泣きのメールが送られてきた。そもそもコンペのこと自体、僕は詳細をまったく聞かされていなかったし、だったらなぜ最初から僕を企画会議に参加させなかったのかと訝ったが、前に継続案件になることを想定して温めていたテーマ案とスポット候補のリストをメールで送った。
それから一カ月間、そのWeb制作会社からはまったく何の連絡も届かなかった。三回目の制作のスケジュールを考えれば、とっくに時間切れだ。で、アラスカから戻ってきた後に、件の女性プロデューサーにメールで問い合わせると「ついさきほどクライアントから連絡があったのですが……」と(そんな遅すぎる上に同日というタイミングで連絡が来ることはありえないので、もちろん言い逃れのための嘘だ)彼らがコンペに負けたことを知らされた。その結果は僕には別にどうでもいい。だが、こちらから提供したテーマ案とスポット候補の企画の処遇について聞くと、それに対するコンペフィーは払えないという。その件で別の男性ディレクターが送ってきたメールには「そこに費用が発生するなどとは我々は想像もしていませんでした」と、しれっと書かれていた。
こういう場合にアイデアを出してほしいと依頼する時、コンペに負けたらコンペフィーが払えない事情があるなら、あらかじめそう伝えた上で「それでもよければご協力いただけませんでしょうか?」と頭を下げて依頼すべきだ。僕が依頼する側なら必ずそうするし、それが常識だと思う。アイデアは無料ではない。なぜなら、それは人が知恵と労力を費やしてゼロから生み出したものだからだ。でも、最近の世の中には、人の頭の中にあるアイデアはタダで拝借できると勘違いしている輩が多いようだ。個人だけでなく、企業のレベルでも。あきれてものが言えない。
件のWeb制作会社とは、完全に縁を切った。ああいうしょうもない会社がどういう運命を辿るのかは、自ずとわかる。