文章や、写真や、本づくりの仕事には、ある一定のラインを越えているものなら、基本的に勝ちも負けもない、と僕は思っている。あるとすれば、作り手自身が自分の作品に納得できているかどうか、だけだ。もちろん、今の世の中には、文学や写真の賞、売上ランキング、仕事ならコンペなど、いろんな競い合いの第三者によるものさしがあるけれど、そのものさし自体が本や写真や文章を生み出す純粋な動機にはならないと思うし、してはいけないとも思う。
そんな風に思っている上に、もともと自分の実力にも自信がないので、僕はこれまでずっと、競い合いを避けてきた。自分がこだわって取材するようになった場所には競うような物好きな人は誰もいなかったし、仕事で作る本も、ほかに誰も思いつかないようなアマノジャクな企画ばかり。自ら賞レースやコンペに挑むこともしない。誰とも競わず争わず、のらりくらりと世を渡り歩いてきた。
今年の春先、僕にしては珍しい仕事の相談が来た。とある企業のカレンダーをデザインしている制作会社の方から、来年版のカレンダーに起用する写真家の候補に僕を入れたい、と。複数の写真家の作品でコンペを行って、一人を採用するのだという。
慣れない依頼に、正直戸惑った。僕の場合、写真のみでの仕事の割合は全然少ないし、業界でもまったく無名の存在の僕をどこで見つけたのか、もしかすると絶対本命の写真家をクライアントにスムーズに採用してもらうためのかませ犬なのかもとか(笑)、ちょっと考えてしまった。でも、そのカレンダーで過去に起用された方々は、泣く子も黙る大御所から知人でもある気鋭の若手まで、ちょっと引くほどの錚々たるラインナップ。僕の名前を同じ俎上に上げてもらっただけでも光栄なことだな、と、検討をお任せすることにした。
で、結果的にそのコンペでは、別の写真家の方が起用されることになったのだが、一時的にでもほかの方と比較される立場に置かれて、僕自身、今の自分に足りないものがたくさんあることに、あらためて気付く機会になった。自分だけで企画する以外の仕事でもうまくフィットできるような、柔軟性とか、幅の広さとか、掘り下げる深さとか、その他いろんなことに。だから、こういう経験をしてよかったなあと素直に思う。
競い合うことには慣れないし、これからも自ら進んでそういう場所に踏み込もうとは思わないけれど、たまの巡り合わせでこんな経験をすると、気付けることや得られるものもある。競わないなら競わないで、自分自身の取り組みやこだわりに黙々と磨きをかけることはできる。
そんな日々の経験に学びつつ、これからも、のらりくらりとやっていきます(笑)。