デナリ国立公園を離れた後、再びアラスカ鉄道に乗って南下し、アンカレッジへ。翌日、キングサーモンという町に飛び、そこから水上飛行機に分乗して、カトマイ国立公園にあるブルックス・ロッジに飛んだ。ナクネク湖畔のこのロッジの周辺には、毎年夏になると、川を遡上するサケを狙ってたくさんのブラウンベアが集まることで知られている。
ブルックス湖とナクネク湖をつなぐブルックス川は、途中に滝がひとつあるくらいの、とても短い川だ。この近辺では約60頭のブラウンベアの生息が確認されているが、湖と川の周辺に頻繁に姿を見せるようになるのは、サケが数多く遡上してくる七月と九月の時期に限られるという。
ブラウンベアは、想像上に大きな動物だった。デナリ国立公園で見かけたグリズリーの1.5倍はあると思う。ブルックス川には、頑丈な柵のあるデッキが二カ所にあり、そこからは安心してクマを観察できるが、それらのデッキとロッジとを行き来する道には柵も何もなく、ばったりクマと出くわすこともある。それどころか、水上飛行機が発着する湖畔からロッジの敷地内に至るまで、クマたちはかなりお気軽に闊歩している。周辺では専任のレンジャーたちが常に巡回しているし、ロッジやキャンプサイトの利用者は到着時にレンジャーからクマへの対処法や注意点のレクチャーを受けるのだが‥‥日本では到底考えられない環境だ。
まあそれでも、毎日のようにブラウンベアたちを観察し、歩き回る時も常に警戒を怠らないようにしていると、たまにニアミスしてもそうあわてずに対処できるようになった。そのうち、遠くに見かける分には「ああ、クマか」と、さして感動しなくなったり(苦笑)。慣れとは恐ろしいものだ‥‥。それでも、彼らの野生の気高さと恐ろしさは、身にしみて実感したけれども。
この時期のブラウンベアたちの獲物は、レッドサーモン。真紅の婚姻色に身を染めたサケを、クマたちは滝の下でじっと待ち構えたり、水中に身を沈めて探したり、不意に飛びかかったりして捕まえる。クマは捕らえたサケを前足で上手に持ちながら、皮を剥ぎ、身や卵にかぶりつく。近くで見てると、ばりっ、みちみちっ、とすごい音が聞こえてくる。
ブルックス滝の漁場の縄張り争いで、威嚇し合う雄のブラウンベアたち。ゴーッ!という唸り声が轟く。滝の近くでサケを獲っているのは主に雄で、体力のない雌や子グマは、下流の河口付近で、産卵を終えて弱ったり死んだりしたサケが上流から流れてくるのを待ち構えているという。
‥‥なんだかクマの写真だらけになったので、別の動物をば。ナクネク湖畔の木の梢で、夢中で木の実を頬張っていたリス。もうかなりぷくぷくだが、冬眠するにはまだ食い足りないらしい。
メイン・ロッジの大きな丸い暖炉でパチパチと火がはぜる。ブルックス・ロッジの利用客のほとんどは、釣り目的か、クマの写真を撮るのが目的かのどちらかだという。このロッジ、設備やサービスはけっして悪くはないものの、キャンプ・デナリと比べると、かなり荒っぽいというか、雑というか。
夕刻、ナクネク湖の対岸の山上にかかる雲が、黄昏の光に染まり、その色を湖水に映していた。
そんな黄昏時、湖畔に現れた一頭のブラウンベア。少し離れた場所で木立の隙間から見守っていると、クマは何かを探しているかのように、歩きながら湖の方を見やっていた。