二十代の初め、出版の世界に飛び込んだばかりの頃の出来事。
ある雑誌の編集部で一緒に編集アシスタントのバイトをしていた女の子に、僕はある日、自分が書いた文章が周囲になかなか認めてもらえないと愚痴っていた。すると彼女はこんな風に、思いっきり大きな声で僕を怒鳴りつけた。
「‥‥あんた、何様のつもり? あんたなんて、まだ、ほんのちょっとしか文章書いてないじゃん! 誰かに認めてもらいたいなら、もっと書いて、書いて、書きまくってから、偉そうなこと言いなさいよ!」
あの日、彼女に言われた言葉は、今もよく憶えている。当時の僕には「自分にはいい文章が書ける」という根拠のない思い込みがあるだけで、経験に裏打ちされた自信も、それに対する周囲の信頼も、何もなかった。気が向いた時だけ好きなことを書いたりしている程度では、人の心はそう簡単には動かせないし、ましてやお金などもらえるはずがない。もちろん、数だけこなせばいいというわけでもない。一語々々にきちんと気持を込めながら、コツコツと、書いて、書いて、書きまくる。才能も何も持っていなかった僕は、そこから積み重ねていくしかなかった。
別にこれは、文章の書き手に限らず、何かを表現することで人の心を動かそうとしている人たちすべてに共通することではないかと思う。文章は、書かなければ読んでもらえない。写真は、撮らなければ見てもらえない。絵は描かなければ見てもらえないし、歌は歌わなければ聴いてもらえない。表現することをやめてしまったら、誰にも、何も伝わらない。自称ナントカという無意味な肩書が残るだけ。周囲に認めてもらえないと思い悩む前に、まずはとことんやり抜いてみること。そうしたがむしゃらな経験を通じて、自分に足りなかったものに、あらためて気づくこともあるのではないかと思う。
‥‥こんなことを書いていると、「そういうあんただって、まだその程度の文章しか書けてないじゃん!」とどやされそうな気がする(苦笑)。これからも、書いて、書いて、書きまくることにしよう。