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当たり前の日々

今朝、大阪方面で、かなり大きな地震。死傷者が出て、ライフラインや交通機関にも障害が生じているという。つい二週間ほど前に訪れていた土地だから、まったく他人事とは思えない。関西には友人も大勢いるし。

こういう自然災害の報せを聞くと、ばしゃっと冷や水を浴びせられたような気持になる。普段、当たり前のように感じている日々は、実は当たり前でも何でもなくて、多くの人々の努力とそれなりの幸運によって支えられているということ。運命がほんのちょっと気まぐれを起こせば、たやすく崩れてしまうバランスの上に成り立っているということ。

忘れてはいけないな、と思う。当たり前の日々は、けっして当たり前ではないと。

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ル・グウィン「闇の左手」読了。ものすごい本。打ちのめされた、と思えるほどの読後感。僕の生まれた年に書かれた作品だが、今読んでもまったく古さを感じないどころか、今の時代にこそ読まれるべき着眼点を備えていることに驚く。ル・グウィンの作品はまだ「西のはての年代記」シリーズしか読んでいないのだが、これからいろいろ手に取ってみようと思う。

中央線と総武線

引っ越しまで、あと二週間弱。いつ終わるとも知れなかった不用品の整理にもかなりメドがつき、家具や電化製品の譲渡先も決まりつつある。譲りきれないものはリサイクル業者や粗大ゴミ回収に委ねることになるが、それらの処分をぬかりなく進めていって、引っ越し当日までに本と衣類と食器をきっちり梱包すれば、まあ、何とかなるだろう。

今日は東急ハンズでこまごましたものを買いに新宿まで往復したのだが、引っ越したら、電車に乗る時の感覚を切り替えなければ、と思った。三鷹なら中央線は快速も中央特快も停まるし、総武線や東西線は始発に乗れるのだが、引っ越し先の西荻窪ではかなり事情が変わる。中央線が停まるのは快速のみで、しかも土日祝日は通過してしまう。土日祝日は必ず総武線か東西線、もしくは早朝か深夜の時間帯の中央線の各駅停車に乗らねばならない。今までの感覚で土日もうっかり中央線快速に乗っちゃってそのまま三鷹まで、みたいなこと、絶対やらかしそうだ。ほんと、目に浮かぶ(苦笑)。

かれこれ十年以上、だものなあ。行きつけの本屋も、コンビニも、スーパーも、ラーメン屋も、全部変わる。何だか信じられないような、ピンと来ないような。僕にとっては、何処かの国に半年、一年と旅に出るよりも、大きな変化のような気がする。

サインペン危機一髪

仕事だイベントだ引っ越しだ何だかんだと、最近ばたばたしてるせいで、今日は危うく致命的なミスをやらかすところだった。

夕方、雨が止んだ頃合いを見て、洗濯をしたのだが、洗い終えた洗濯物の中から、なぜかコロリと、黒のサインペンが出てきたのだ。先週金曜のトークイベントの時、お客さんへのサイン対応の際に半袖シャツの胸ポケットにペンを挿したのを忘れたまま、洗濯機に突っ込んでしまったらしい。

ペンによっては、洗濯機の中でインクがあふれて大惨事になっていた可能性もあったが、幸いなことに、洗濯物にはノーダメージ。脱水の時の遠心力でペンのキャップ内でインクが少しあふれていたが、キャップの密封性が高かったおかげで、外にはまったく漏れていなかった。ふう。危ない危ない。

しかしまあ、普通じゃ考えられないようなミスだよなあ……気をつけよう。

旅の記録

今月末の引越しに備えて、不用品の整理を続けている。

押入れにぎっしり詰め込んでいたダンボール箱を一つずつ開け、捨てるものは可燃物と不燃物と資源ごみに分け、それぞれの袋に突っ込んでいく。化石みたいなLANやUSBのケーブルの山が発掘されたり、とっくの昔に処分したと思い込んでたプレステ2が出てきたり(苦笑)。古本屋さんに引き取ってもらう本は、ダンボール4箱分もの量になった。

そんな中、これは捨てられないなあ、と思ったのは、昔の一人旅の日記と、それぞれの旅で撮った主な写真を綴じたアルバム。22歳の時の最初の旅の日記は、リングノートの金具が錆びて粉々になりかけてたので、ジップロックに入れて保管することに。その後の個人的な旅の日記も、ほぼすべて残っている。ぱらぱらめくってみると、我ながら、几帳面に、こまごまと書いてあるなあ、と思う。

アルバムも、たぶんほとんど人に見せたことのないものまで残っている。大半がリコーのコンパクトフィルムカメラ、GR1Sで撮った写真だ。なまじデジタルで管理できないから、昔は写真をセレクトした後、キャビネ判で焼いてもらって、アルバムに綴じていたのだった。今見ると、まあ、ヘタクソだけど(苦笑)。

あの頃の僕の旅では、日記も、写真も、自分のためだけに残していた。ラダックでの長逗留の日々を一冊の本に書いたのをきっかけに、人に伝えることを目的にした旅の文章と写真を手がけるようになったけど、自分の中の根本的な部分は、もしかすると何も変わっていないのかもしれない、とも思う。

かけがえのない、旅の記録。さて、新居のどこに置けばいいだろうか。

澱を捨てる

月末の引越しに備えて、途方に暮れながらも着手しはじめたのは、不用品の整理。今度の転居先にはそんなにたくさんのものは持ち込めない。クローゼットや押入れ、その他あちこちに積み上がっているものを仕分けし、要らないと感じたら容赦なく、武蔵野市の有料ゴミ袋に突っ込んでいく。

この十年間でずいぶん増えたと思っていた持ち物の大半は、実は、なければないで別に困らないものだったことに、あらためて気付く。「あれ? こんなのまだ持ってたっけ?」と、存在すらとっくに忘れていたものも多い。自分でも気付かないうちに、いつのまにか、澱のように積もり積もっていたのだなあ、と思う。

もちろん、知り合いに譲ったら喜ばれるようなものは積極的に引き取り手を探してはいるのだが、この機会に一度、自分の生活をシェイプアップしてみようと思う。澱を捨てて、すっきりと。