Tag: Family

それは当たり前ではなく

先週末、母が上京してきた。新宿のホテルに宿を取ったというので、実家のある岡山にはなかなかないというタイ料理店で、一緒に晩飯を食べた。

タイ料理店から喫茶店に場所を移そうということになり、街を歩いていると、「紀伊國屋書店を見てみたい」と言われた。地下一階の旅行書コーナーでは、三月末に出たばかりの僕の本が10冊ほど面陳して置かれていた。

「こんな風に置かれてるの、見たことなかったわ」と母が言った。まあ東京だから……と言いかけて、それは当たり前のことではない、と思い直した。本がこの世に生み出されて、書店の店頭に並べられ、お客さんが手に取って、レジに持っていく。それが、どれだけ大変なことか。どれだけ多くの人の力を借りなければならないか。

本を作り、読者に届ける。この仕事の重さを、あらためて感じた。

葉物野菜の不作

終日、部屋で仕事。新しい本の編集作業も、佳境にさしかかってきた。細かいところまで一つずつ、丹念にチェックして、つぶしていく。地味で単調で疲れる作業。でも楽しい。

夕方、実家から野菜が届く。同封されていた母からの手紙に、今年は天候不順で、特に葉物野菜の出来が良くないと書かれていた。確かに、その後近所のスーパーまで食材の買い出しに行ってみると、白菜もレタスも小松菜も、ええっとのけぞるほど高いし、品揃えも少ない。野菜も生き物だから、いつでもどこでもすぐ簡単に手に入るなんてことはないんだな、とあらためて実感。

晩ごはんは、実家から届いた小ぶりな白菜を刻んで、豚バラ肉と酒蒸しに。ゆずポン酢に浸しながら、ありがたくいただいた。

生き方を自分で選ぶということ

年末年始に実家方面の人間たちと会った時、何かと話題に上っていたのは、春から高3になる姪っ子の進路についての話だった。

岡山で中高一貫の進学校に在学している姪っ子は、周囲の優秀な子たちと相対的に比べられることもあって、学内での成績はあまり良くはないそうだ。本人の勉強に対するモチベーションも、あまり高そうには見えない。将来、具体的に何かやりたいことがあるというわけでもなさそうだ。

母親(=僕の妹)をはじめ、周囲の大人たちは、半ば腫れ物に触るようなおっかなびっくりさで、それでも姪っ子の進路を案じている。その気持もわからないではないけれど、僕個人は正直、彼女がどこの大学に行こうが、何の職業に就こうが、ある意味、どこでも何でもいいと思っている。そんなことは、後からいくらでも取り返しがきく。生きていて、状況が許すかぎり、勉強はいつでもどこでだってできるし、仕事も何度でも変えられる。

特に若い時、やり方としてよくないのは、難しいから、苦手だから、という消極的な理由だけで、消去法で選択肢を狭めていってしまうことだと思う。考え抜いて選ぶべきなのは、大学でも、職業でもない。自分はどういう生き方をしたいのか、ということだ。周りの大人が「あなたはこうすれば大丈夫だから」と選択肢をあてがってやるのでは、まるで意味がない。それだと、失敗した時に他人のせいにしてしまう。自分自身で選び取った生き方なら、失敗しても自分の責任だと思えるし、その失敗を何らかの糧にして再び立ち上がることもできる。

生き方を選べる境遇にいるのなら、選ぶべきだ、自分自身で。生き方を消去法の他人任せにしたら、きっと一生後悔する。

年末年始

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

年末年始は去年と同様、安曇野で過ごしてきた。岡山から来た実家方面の人間たちと合流して、二泊三日。相手をするのが大変な子供が一番下の甥っ子に絞られてきたので、危惧していたほどには大変でもなかった。まあ、いろんな意味で疲れたのは疲れたけど(苦笑)。

それでも、安曇野のそばを二回食べられたし、村営の温泉の露天風呂にも二日間、ゆっくり浸かることができたので、メンタルのガス抜きにはなったような気もする。冷え冷えと澄み切った安曇野の空気は、散歩をしていても、本当に心地よかった。

そんなわけで、今年もぼちぼち、がんばります。

本を贈る

午後、用事でちょっと都心へ。帰りに吉祥寺で途中下車し、ジュンク堂書店に行って、本を何冊か物色。自分用ではなく、年末年始に会う予定の、実家方面の姪っ子や甥っ子たちにあげる用の本。

実家方面の人間たちとは年に一度会えればいいくらいの不義理を日頃働いているので、たまに会う時には、小さな人たちに何かプレゼントを持っていくようになった。とはいえ、僕は基本的にアマノジャクなので、世の中的には子供受けすると考えられている、おもちゃやゲームの類は持っていったことがない。たいてい、一人につき一冊、本を選ぶ。

正直、「もっと単純に喜びそうなものを持っていった方がいいかな……」と思わなくもないのだが、このご時世に、年に一度やってきて本を一冊渡していくヘンな叔父さんというのも、まあ世の中に一人くらいいてもいいんじゃないかと、自分を納得させている。

そういう自分も、もっと本を読まねばだな……。