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キックオフ

水曜日は夕方から、八丁堀にある出版社で打ち合わせ。来年の春に出す予定の新しい本を作るための、版元の編集者さんとのキックオフミーティング。制作予算の内訳、発売までのスケジュール、発売後のプロモーション戦略、あとは本のタイトルとか、ページ配分とか……。今回の編集者さんと組んで本を作るのも、これで三冊目。気心の知れた者同士で組める安心感。いい本を作れそうな手応えはあるし、いい本を作らなければならないとも思う。

打ち合わせを終えた後、ひさしぶりに飲みに行きましょう、ということで連れて行かれた近くの店は、茨城県大洗町のあんこうを使った料理がウリの店。「うまいですよ〜」と言われたのだが、あんこうは7、8月が禁漁期で、次に水揚げされたあんこうが入荷するのは来週とのこと。まあ仕方ない。刺身の盛り合わせやメバルの煮付けをいただきつつ、編集者さんとサシで飲みながら、仕事のこと、旅のこと、いろんな話をした。

さあ、いよいよ、本づくりの始まりだ。がんばろ。

「作品」とは呼べなくて

僕の仕事は、文章を書いたり、写真を撮ったり、それらを編集したりして、本や記事を作ることなのだが、そうして書いたり撮ったりして作り上げたものを、自分で「作品」とは呼んでいない。それぞれ「文章」「写真」「本」「記事」と呼んでいる。

「作品」という言葉には、「自分自身の内から湧き出てくる何かから作り上げたもの」というイメージが、少なくとも僕の中にはある。そのイメージと照らし合わせて考えてみると、僕の文章や写真は、僕自身の内にあったものだけから作り出してはいない。いろんな場所に行って、見て聞いて感じたものを、「書かせてもらっている」「撮らせてもらっている」「それで本や記事を作らせてもらっている」という感覚に近い。そうやって作らせてもらったものを自分で「作品」と呼ぶのは、とてもおこがましい気がしてしまうのだ。この先、死ぬまでに一冊くらい小説を書いたりすることもあるかもしれないが、僕の場合、それすらも「作品」と呼ぶには気恥ずかしくなってしまうと思う。

たぶん僕は、「作り手」ではなく、根っからの「伝え手」気質なのだと思う。

その一言のために

昨日今日と、終日、部屋で仕事。一昨日の取材の原稿を書く。

僕は、たぶんライターとしては、原稿を書くスピードはかなり速い方だと思う。雑誌の編集部で契約社員として働いていた時期に、ニュース欄やメールマガジンの記事を猛烈なスピードで書かされていたので、良くも悪くもそういう癖がついてしまったのかもしれない。

ただ、本当に自分自身にとって深い部分で、大切な物事に向き合わなければならない時などには、ふっつりと書けなくなってしまうこともある。伝えたいことは何なのか、わかっていたはずなのに、それを言い表す言葉が出てこなくなる。そういう時は、本当に苦しい。もがいて、苦しんで、頭をかきむしって、必死になって、対岸を目指す。

写真家がたった一枚の写真で人の心を揺さぶるように、物書きはほんの数行、時にはたった数文字の言葉で、渾身のメッセージを届ける。それ以外のすべての積み重ねは、その一言のためにある。いつかまた、そんな文章を書きたい、と思う。

運命の巡り合わせ

運命の巡り合わせ、という言葉がある。その人にとって、偶然という一言で片付けるには不可思議に思えるような出来事がいくつか続いた時に、よく使われる言葉だ。

僕は数年前から、とても個人的な動機で、アラスカを取材をしている。その動機が生まれた背景には、いくつかの出来事があったのだが、それらについて近しい人に話すと、ほとんどの人が口を揃えて「それは運命の巡り合わせじゃないですか」と言う。確かに、そう言いたくなるのもわかるような、不可思議としか言いようのない符合が(20年以上前から)あった。でも僕自身は、それらの出来事を「運命の巡り合わせ」という言葉であっさり片付けてしまいたくはない、という気持でいる。

この世界は、目には見えない運命というものに支配されてなどいない。人が生きていく中で起こるたくさんの出来事の中から、何を感じ、何を選び、何をするのかは、その人自身が決めることだ。そうして選んだ道は、時には、もしかするとどん詰まりになるかもしれないけれど、そうなったとしても、僕は後悔はしない。自分で考えて、選んだ道だから。

運命なんか、アテにして、たまるものか。

本を読むこと

本を作ることを仕事にしているというのに、本を読むのが好きと言えるほど本を読めているかというと、正直、全然、読めていない。まったくもって、冷や汗が出るほど。

原因(というか言い訳)はあるにはあって、書き仕事がつっかえてくると、書くのに使う言葉が脳内のバッファを占拠してしまって、本を読んで言葉を脳にインプットする余白がなくなってしまうのだ(それだけバッファがちっちゃいということなのだが……)。読む時はどっぷり耽読したいたちなので、それなりに余裕がないと、なかなか読み進められない。で、そんな余裕のある時期というのは、あまり多くはない(多かったらそれはそれで困る、働かないと)。読むなら旅先とかで、かな……そんなにたくさん持ち歩けないけど。

だから、自分は本を読むのが好きだ、と言い切れるほどの自信はない。僕なんかより、もっと読書好きな人は、世の中にたくさんいる。ただ、これまでの自分の人生をふりかえってみると、何かのターニング・ポイントにつながるきっかけや思いつき、目指すべき目標が生まれた時、そこにはいつも、本があったように思う。あの時、あの本に出会ったから、人生が少し変わった。僕はいろんな本に少しずつ後押しされながら、今の場所に辿り着いたのだと思う。

よし。連休中は、読みかけのこの本と、本棚にある、あれとあれとあれとあれを……で、できるだけ(汗)がんばって読もう。