「ラーンジャナー」


キネカ大森などで開催中のインディアン・ムービー・ウィーク2020・リターンズ。そのラインナップの中に、今まで何度か日本で上映されていながら、タイミングが合わなくて見逃していた「ラーンジャナー」が入っていた。主演はダヌシュ、ヒロインはソーナム・カプール。悲恋物語とかそんな生易しい言葉で説明できるものではなく、観終えた後は辺り一面焼け野原みたいな気分になる、という噂は聞いていたので、それなりに覚悟を決めて、観に行った。

バラナシで代々暮らすタミル系バラモンの家に生まれたクンダンは、子供の頃に一目惚れした少女、ゾーヤーにずっと恋焦がれていた。イスラーム教徒の大学教授を父に持つゾーヤーは、意を決して言い寄ってきたクンダンを、彼がヒンドゥー教徒だからという理由で拒絶する。想いを募らせたクンダンは、彼女の目の前で手首を剃刀で切るという衝動的な行動に出るが、結果的にその事件が原因で、ゾーヤーは、バラナシから遠く離れたアリーガルの親戚のもとに送られてしまう。それから8年の歳月が過ぎ、ようやくバラナシに帰省することになったゾーヤー。クンダンは喜び勇んで彼女を駅まで迎えに行くが、ゾーヤーはクンダンのことをすっかり忘れていた。父親によって望まないお見合いをさせられたゾーヤーは、クンダンに縁談をぶち壊してくれるように相談する。どうにか破談にさせることに成功したクンダンだったが、デリーのJNUに入学したゾーヤーには、学生運動のリーダーとして活躍する恋人がいると知って……。

一方的な愛は、人を愚かにする。望まない愛は、人を冷酷にする。恋人を愛するゾーヤーは、クンダンをぞんざいに扱い、都合よく利用しさえする。クンダンもまた、自身に想いを寄せる幼なじみのビンディヤーのことは眼中になく、ぞんざいに扱って利用する。クンダンとゾーヤーの行動原理は、それぞれ別の方向にあまりにも振り切れ過ぎてしまっていて、理解も共感もできないという人は多いかもしれない。ただ僕は、程度の差こそあれ、人間は誰しも、破滅的なまでに愚かで一途なクンダンや、自信家のくせに他者に依存しないではいられないゾーヤーのような性質を持っているように思う。実際に、記憶の中に思い当たる人物もいる(苦笑)。

面白かった、とか、感動した、とか、そういう言葉はあまりしっくりこない作品だ。いい映画、なのかどうかも、正直わからない。ただ、観終えた後、映画館を出る時に、「観てよかった」と、僕は素直に思った。もし、機会があるなら、観ておいてほしい。忘れられない作品になると思う。

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