アメリカンコーヒー

喫茶店に入って、ブレンドコーヒーを注文した。初めて入った店だった。カフェというより、昔ながらの喫茶店。店内は広く、席と席の間もゆったりしていて、悪くない。

やや酸味の強い、いかにも昔の喫茶店の味という感じのブレンドコーヒーをすすっていると、まだ全部飲み終わらないうちに、なぜか目の前にもう一杯、コーヒーが運ばれてきた。

「サービスです。アメリカンコーヒーですが、よかったら」

びっくりした。スタバとかで新商品の試飲を小さなカップで出してもらえたりすることはたまにあるが、こういう昔からの喫茶店で、コーヒーを丸々一杯おまけされるなんて経験は、初めてだ。初見の客だったから、ちょっとおまけしてもらえたのだろうか。しかし、なぜ、ブレンドを飲んでる客にアメリカン。

正直、アメリカンはちょっと苦手なんだけど(笑)、このお店には、また来ようと思った。おまけ目当てとかではなく、なんとなく、いいなあ、と。

写真と演出

ここ数年のことだと思うのだが、世界各地の辺境に暮らす少数民族に民族衣装を着てもらって、完璧な構図とポージングで撮影した写真が結構たくさん世の中に出回るようになった。貴重な資料のポートレート写真として価値のあるものもたくさんあるが、その一方で、ちょっとカッコよく演出しすぎてしまっているものも少なくないと思う。

個人的には、いわゆるドキュメンタリー写真として世に出されているもので、ひと目見た時に「あ、これ、このへんをこう演出してるな」とわかってしまう写真は、正直言って苦手だ。あまりにも完璧な構図、あまりにもできすぎた雰囲気。そこに撮り手の作為や演出があることがわかると、一気に冷めてしまう。

その撮り手が伝えたかったことは何なのだろう。完璧な構図の美しい写真なのか、それともその場所で出会ったありのままの風景や人々や出来事なのか。僕は、完璧に演出されて隅々まで調整された美しい写真よりも、撮り手の感じたありのままの生の思いがぎゅっと込められた写真を見たい。

本の企画、持ち込む側と受け取る側

一昨日の「旅の本づくり」をテーマにしたトークイベントの時、自分の作りたい本の企画書をわざわざ用意して、僕に相談しに来た人が何組もいた。実際、すでにいくつかの出版社に持ち込んだ人たちもいたのだが、「あなたの代わりに、かわいいタレントの女の子にレポートさせたら?」とか、「100万円持ってきたら、自費出版扱いで作ってあげますよ」とか、いろんなことを言われているという。

僕自身、自分の本の企画を出版社に持ち込んだ回数はかなりの数になるが、ひどい対応をされて嫌な思いをした割合の方が、圧倒的に多い。出版社の知名度や規模に関係なく、編集者にもいろんな人がいる。はっきり言うと、人格的にも能力的にも、ピンからキリまでいる。写真がメインの企画なのに、最初から最後まで一人で適当にしゃべり続けて、一枚も写真を見ようとしなかった人。アポイントを仮病でドタキャンしてリスケもしなかった人。電話とメールで丁寧に打診したのに受領確認の返信すら寄こさない人などは、星の数ほどいる。

本を出したいと考える人の中にも、名前を売りたいとか、ハクをつけたいとか、商売に利用したいとか、そういう邪な動機の人もいるとは思う。企画自体が致命的な弱点を抱えている場合もあるだろう。ただ、自分の本を作りたいと出版社に企画を持ち込む人の多くが、どれだけの熱意と思い入れを持って、勇気を振り絞って門を叩いているか。僕にはその気持ちが、痛すぎるほどよくわかるのだ。

だから、出版社側の編集者は、熱意と思い入れと勇気を持って門を叩いてきた人に対して、きちんと誠意を持って対応すべきだと思う。もちろん、企画に弱点があれば、ばしばし指摘してしまっていい。本にするのが難しければ、正直にそう伝えるべきだ。でも、本の企画を持ち込んだ人の熱意や思い入れを上から目線で嘲笑ったり、無責任な言動で傷つけたり踏みにじったり、あるいは企画の打診そのものを無視したりするようなことは、絶対にしてはならない。それは編集者云々以前に、社会人として、人として、当たり前のことだ。

旅は人生のすべてではない

昨日はいろいろ、詰め込みすぎて、がんばりすぎた。午前中のうちに税務署で確定申告を終わらせ、午後は自宅で連絡業務に振り回され、吉祥寺で名刺を追加発注し、夕方から高円寺で「旅の本作り」をテーマにしたトークイベント。終了後から深夜過ぎまで、高円寺のバーで「旅人BAR」のホスト役。どうにかすべて無事に終えられて、ほっとした。

昨日のトークイベントやその後のBARに来ていた人の多くは、本当に熱心で、自分の旅にまつわる本を作りたいと真剣に考えている人たちだった。実際にしっかり作り込んだ企画書や資料を持参して、僕に意見を求めてきた方も何組もいた。そういう真剣な思いを持っている人たちが世の中にまだこんなにいるということが、新鮮でもあったし、嬉しくもあった。

自分の旅を形にしたい。思いを、感動を人に伝えたい。そう考えるのは、旅が好きな人にとって自然なことだと思う。ただ、旅を本という形にすることが自分にとって最大の目標で、それがすべてと思い詰めすぎるのは、あまりよくないかもしれない、とも思う。

旅は人生のすべてではない。人間にとって旅よりも大切なものは、たぶんこの世界にたくさんある。そういうものの見方に気づいて、自分の考えを客観的に見直すからこそ、あらためて気づける旅の価値や魅力もあるはずだ。

いろいろなものの価値を相対的に感じ取り、俯瞰的に見直すこと。僕自身、考え込みすぎて狭い見方に陥らないように、そう心がけようと思っている。

確定申告とマイナンバー

朝、早起きして、確定申告のため、税務署へ。開場時間ちょうどくらいに着いたのだが、すでに長蛇の列。早くも心が折れそうになる。幸い、割と早い段階で、行列から青色申告専用のコーナーに誘導してもらえた。

去年までの教訓をふまえ、今年は申告関係の書類を作るための準備をかなり入念にしておいた。そのかいあって、税務署内での作業と手続きは、1時間ほどで全部終わった。計算間違いとかで変にトラブったりしなくて、ほっとした。すべてを提出し終え、税務署の建物を出て、雲ひとつない青空を見上げた時の解放感たるや。

ところで、今年から申告時にマイナンバーの入力を求められたり、本人確認書類の一つとしてマイナンバーカードの有無を聞かれたりするようになったのだが……あれだけ申告会場内にうようよ人がいる状況下で、税務署員にカードや番号を見せて確認してもらうというのは、どうにも危なっかしい気がしてしまう。ぶっちゃけ、マイナンバーなんて制度がなくても、今まで別に何も困ってなかったし、これからも何も困らないはずなのだ。ほんと、愚策だと思う。