金環食

取材もなく、急ぎの仕事も特になく、こんな日は自堕落に寝坊したいところだが、世間がやたら金環食と騒いでいるので、目覚ましをセットして、早起きしてみた。

曇りかな‥‥と思ったら、一応、うっすらと日は射している。肉眼で直接見つめすぎると網膜に穴が空くかもしれないので、シャープペンの先で紙に穴を空け、ピンホールカメラの原理で影を観察。ほほう、確かに欠けている。

しばらく経つと、空がふっと薄暗くなった。最大食に達したらしい。日食というと、もっと辺りが夜のように真っ暗になるというイメージだったが、金環食は思ってたよりも明るいのだな。

その薄暗さもほどなく消え、周囲は再び朝の光を取り戻した。僕はすっかり満足して、寝床に戻って、二度寝した。

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安楽椅子

昨日の夕方、出版社から「ラダック ザンスカール トラベルガイド」の見本誌が二冊届いた。梱包を開けて本を手に取り、カバーや帯、折込地図の具合を確かめ、ぱらぱらとめくってみる。この一年半、必死になって作り続けてきた本。よかった。ちゃんと一冊の本になっている。

嬉しいとか、報われたとか、そういうわかりやすい感情は、不思議と湧いてこなかった。僕はただ、ぼんやりと、実家の和室の縁側にあった安楽椅子のことを考えていた。

去年の夏、イタリア旅行中に急死した父の葬儀のため、僕はラダックでの取材を中断して、岡山にある実家に戻っていた。葬儀の後、父の遺影と遺骨は、家の西の端にある和室に置くことになった。その和室は家の中でも一番静かな場所で、縁側の外は庭に面していて、とても涼しかった。

縁側に、一脚の古ぼけた安楽椅子がある。ふと目をやると、その安楽椅子の肘掛けの上に、本が一冊、置いてあった。それは少し前に出たばかりの、僕とライターの友人が共同で書いた電子書籍についてのハウツー本だった。たぶん、父がここで読んでいたのだろう。電子書籍なんて、およそ一番縁遠いはずの人間なのに。

僕が新しい本を出すたびに、父は、安楽椅子にもたれながら、僕の本を読んでくれていたのだと思う。自分の本がそんな風にして父に読まれていたことを、僕はそれまで想像すらしていなかった。でも、もうこの安楽椅子で、父が僕の本を読むことはない。そう考えると、胸がぐさっと抉られるような思いがした。

あれから九カ月。僕の新しい本を、父は読んでくれるだろうか。あの空の向こうの安楽椅子で。

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丹沢表尾根縦走

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半年間の本づくりで、なまりになまった身体を叩き直すべく、丹沢を登ってくることにした。丹沢は学生の頃に何度か登った記憶があるが、それ以来とんとご無沙汰だったので‥‥二十年ぶり?(汗) はてさて、どれだけ体力が落ちてるのやら … Continue reading

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お金をもらうということ

今日ネット上では、studygiftという新サービスの話題でもちきりだった。学費の工面に困っていたり、何かの目標に挑戦したい学生を支援するサポーターを集めるためのオンラインサービス。サービスのコンセプト自体はまったく何の問題もなく、むしろ大いにやってくれればいいと思うのだが、そのローンチの仕方が、いささかまずかった。

最初に学費の支援を求めるという形で広告キャラクターのような立場でフィーチャーされたのが、しばらく前からネット上で人気の女子大生。InstagramやGoogle+ですごい数のフォロワーを持つ女の子で、起用(?)されたのもさもありなんという感じだった。ところが、彼女が学費の支援を求める理由は、「成績が下がってしまって奨学金を打ち切られてしまった」という正直すぎるものだったのがよくなかった。有名人がこういう弱みを見せると、世間は容赦ない。案の定、この件はネット上で格好の餌食にされ、炎上どころか血祭りに近い状態になった。

この件は、その女子大生が悪いというより、サービス提供元のスタッフの見込みが甘かったことに尽きると思う。広告キャラクターと呼ぶと否定されるのだろうけど、あれだけ彼女をフィーチャーして最前線に押し出しているのだから、こんな惨事にならないための準備(嘘をつけとは言わないが、オブラートにくるむくらいの大人の配慮)はすべきだったろう。それでも、人々に「彼女を助けたい」と思わせるほどの真摯さが伝わったかどうかはわからないが。

件の彼女の場合、元々有名なだけあって、それなりの金額が集まっているそうだ。でも、その代わりに、彼女はどれだけのものを失っただろうか。

人にお願いごとをしてお金をもらうということは、とても大変で、デリケートなことだ。クラウド・ファンディングであれ何であれ、システム的にうまく立ち回りさえすればお金が集まるなんてことは、ありえない。人の心を動かすには何よりも、真摯な理由がいるのだと思う。

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ガイドブックなんて

昨夜の飲み会の時のこと。隣の席にいた数人の中年のお客さんが、旅についての話をしているのが聞こえてきた。

「ガイドブックなんて、旅行の前に一応買うけど、結局、役に立たないよね。現地で情報収集するのが一番だよ!」

‥‥まあ、そうなのかもしれないな(苦笑)。確かに旅行の時は、現地でしっかり情報収集するのが一番確実だし、大事だと思う。ガイドブックに頼りすぎると、現地の事情が変わっていた時、思わぬ痛い目に遭う。僕自身、旅をする時はガイドブックにはあまり頼らず、出たとこ勝負で決めるタイプだし。それは否定しない。

ガイドブックというのは、世間ではこんな風に「ガイドブックなんて‥‥」と言われるような類の本なのだろう。読んだ人が「感動しました!」と涙を流すわけでもないし、諸事情により掲載していない情報があれば「載っていないじゃないか!」と叩かれ、時間の経過とともに現地の事情が変わったら「間違ってるじゃないか!」と怒られる。それが、ガイドブックの宿命なのかもしれない。

でも、今回のラダックのガイドブックは、そんなことも全部ひっくるめた上でも「いい本だな」と思ってもらえるように、心血を注いで作ったつもり。現地での取材に協力してくれたたくさんの人たちや、日本で制作をサポートしてくれた大勢の関係者の方々に、恥じない出来にはなっていると思う。

書店で手に取って、ぱらぱらとでもめくってもらえれば、きっと伝わるはず。僕たちの思いが。

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