Tag: Writing

トラベルライターと呼ばれて

去年あたりから、「トラベルライター・写真家」という肩書で人前で紹介される機会が多くなった。

十数年前にフリーランスになった時、僕はIT系の雑誌の編集者をしつつ、広告・デザイン系の雑誌でインタビュー主体のライターもしていた。当時はまさか、今の自分がこんな肩書で呼ばれるようになるなんて、想像もしていなかった。特に自分で肩書や営業先を変えたわけではないけれど、ラダックについて書いた二冊の本で、結果的にそういう風に見られるようになったということなのだろう。

今年の後半には、あるガイドブックの改訂のために必要な海外取材の依頼も受けているのだが、そういう完全な請け負い仕事としてのトラベルライターの業務をさらに増やしていくべきかというのは、正直悩みどころ。もちろん、やってやれなくはない。けど、それは自分にしかできない仕事かと言われると、そうでもない気がする。

行きたい場所に行き、見たいものを見て、撮りたいものを撮り、書きたいことを書く。自分らしい旅をやりきった成果をカタチにするのが、僕がトラベルライターとして力を入れていくべき仕事なのだろう。その橋頭堡にするための企画を自ら作って提案していくことを、粘り強くやっていかなければ、と思う。

雌伏の時

年が明けてしばらく経つが、去年から続いている作業とは別に、僕個人が発案した企画は、なかなかスタートが切れないでいる。

そもそも、その企画は、決して通しやすい企画ではない。どの出版社に持ち込んでも、十中八九、断られるだろう。企画の良し悪し以前に、そのジャンル自体が売れにくいという宿痾を背負ってしまっている。でも、僕はその本を作りたいのだ。それがこの世界に存在するということに、意味があると思うから。

出版社の編集者の方も、無理筋なのを承知の上で、懸命に動いてくれている。今は、じっと待つしかない。

やりきれるか

昨日は誕生日だった。といっても何か特別なことをするでもなく、いつも以上に地味に過ごした一日だったけど。

次の一年は‥‥仕事の面で、もっとしっかりやらなければ、と思う。単純に生計をもっと安定させる必要もあるし、自分が好きな仕事‥‥旅にまつわる仕事をもっとスムーズに、コンスタントに続けていくための地盤づくりもしなければならないと思っている。その先のステップに歩を進めるために。

次のステップで、ぼんやりと、やってみたいと思っている場所がある。でも今は、正直言って、どうやったらそれにうまく取り組めるのか、そこで何をものにできるのか、見当すらつかない。ただ、やらなきゃいけない、やらずにはいられないという、駆り立てられるような気持だけは、確かにある。かつて、ラダックを初めて訪れた時のように。

文章や写真に関して、自分は卓越したセンスや能力を持ち合わせている人間じゃないことは、わかりすぎるほどわかっている。でも、自分がいつかやろうとしていることで大事なのは、できるかどうか、ではない。やるか、やらないか、最後までやりきれるか。それがすべて。

その時のために、しっかり準備をして、力を蓄えようと思う。

頼みづらい仕事?

以前、仕事の依頼をしてくれた初対面の方と打ち合わせをしていた時、「こんな仕事をお願いするのは申し訳ないんですが‥‥」と頭を下げられ、ちょっとびっくりしたことがある。確かに自分の個性を発揮するような類のものではないにしろ、ちゃんとした内容の仕事だったのだけれど。

その人曰く、僕のように執筆から撮影、編集まで一人でやって本を作っている人間には、頼みづらい仕事だなあ‥‥と思っていたそうだ。他にもそう思ってる人がいるとすると、僕は結構な機会損失を被ってることになる(苦笑)。

実際のところ、僕がやってる仕事は、自分の名前が表に出るようなものばかりではなく、名前も出さずにひっそり取り組んでる案件も相当多い。少なくとも、自分の名前だけで食っていけるほど突き抜けられてはいない。その一方で、そういう機会損失が生じてる可能性があるとなると‥‥いかんなこりゃ。ジリ貧だ(苦笑)。

ただ、身の丈に合わない無謀なことをやらかすつもりはないし、守勢に回って自分で自分のレベルを下げるつもりもない。周囲がどうあれ、その時その時の自分のベストを、一つずつ積み重ねていくしかない、と思っている。一気には突き抜けられないかもしれないけれど、積み重ねていけば、いつかは届く。

残された時間

午後、八丁堀で2件の打ち合わせ。編集プロダクションの方との顔合わせと、僕が提案した新企画のプレゼン。後半のプレゼンは、先方の出版事業本部長の方と、今回の件を段取りしてくれたラダックガイド本の担当編集のTさんとを前にさせてもらった。

話の途中、「仕様を決めるなら、この本が参考になるかも」と部長さんが挙げた本があった。それは、Tさんが外部の女性編集者の方と作った、アジアンファッションをテーマにした本だった。華やかで感じのいい写真がふんだんに使われているだけでなく、編集もすごく凝っていて、何というか‥‥女の子がこれを読んだら、自然と口元が緩んでくるような、そんな楽しげな本。最初に出したのが好評だったので、翌年、第二弾も出したのだという。

プレゼンの後、Tさんと二人で会議室に残って今後の方向性を話し合っていた時、このアジアンファッションの本の尋常でない編集のこだわりっぷりを、版元側の編集担当でもあったTさんは熱心に説明してくれた。

「すごいですね、ほんと。第三弾は出さないんですか?」

すると、Tさんはちょっと唇をかんで、こう言った。

「出せないんです。亡くなったんですよ、この方。第二弾を出した半年後に。ガンだったそうです」

思いがけない返答に、正直、僕は面食らった。

「最初の本を作っていた時、彼女は自分の病気のことを知っていたそうですよ」

僕は視線を落として、手元にある本を、もう一度ぱらぱらとめくった。1ページ1ページに、笑顔が溢れている。自分に残された時間がわずかであることを知りながら、彼女はありったけの愛情を込めて、この美しい本を作ったのだ。そして彼女が立ち去った後も、本はこの世界に残り続け、人々の手に取られ、読まれている。

たかが本、なのかもしれない。所詮はただの紙の束、なのかもしれない。でも、僕たちのやってることは‥‥この本づくりという仕事は、きっと無駄じゃない。

胸の奥の方が、くっ、と熱くなった。がんばろう、と思った。