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仕事の振れ幅

終日、部屋で仕事。昨日調達したまほろば珈琲店のコーヒーで脳にカフェインを充填し、一昨日に取材した分の原稿に着手。ラジオの音も消し、無音の中、無心で書き続ける。

‥‥ある程度、原稿の形ができてきたと思ったら、もう夕方。近所のココイチでカキフライカレーをもふもふと食べ、家に戻ると、今度は別のところから依頼されたWebサイト掲載記事の執筆に取りかかる。こっちもいろんな切り口を要求される案件なのだが、まさか、北海道のヒグマについて書くことになるとは思わなかった(笑)。

最近よく人から言われるのが、「ヤマタカさんがこれまでに書いてきた本の一覧を見てると、同一人物とは思えない」ということ。確かに、我ながら振れ幅が大きすぎる‥‥とは思う(苦笑)。まあ、吹けば飛ぶよなライター稼業、書けるものなら何でも書かなければ、世知辛い今の世の中では、とても生き残っていけない。

安曇野の山奥にでも引き蘢って、自分の好きな文章だけ書いて暮らしていけたら、理想的なんだけど。

「いちばんわかりやすい電子書籍の本 自分で書く、作る、配る、売る方法」

いちばんわかりやすい電子書籍の本 自分で書く、作る、配る、売る方法
文:山本高樹・栗原亮
価格:本体1500円+税
発行:エムディエヌコーポレーション
A5判192ページ
ISBN978-4844362098

知人のライター栗原亮さんとの共著が発売になります。電子書籍を自分自身で作り、配布・販売するまでの方法を、初心者の方にもわかりやすい形で紹介しています。僕はこの本全体の企画・編集と、前半部分に収録された電子書籍の企画・執筆・編集のノウハウの執筆を担当しています。同じ内容を収録した電子書籍版も、少しお買い得な価格で発売されるそうです。

完成間近

昨日のエントリーでも書いた書籍の仕事は、今がまさに佳境というか、追い込み時。再校のチェックをしている真っ最中で、今週末に念校をチェックして、来週明けに戻せば、無事に校了ということになる‥‥はず。

デザイナーさんから送られてきたカバーデザインの画像を眺めたりしていると、いよいよだな〜、と気分が高揚してくる。思えば長い道程だった‥‥(遠い目)。いわゆるコテコテの実用書なのだが、本の前半部分は自分で原稿を書いてもいるので、思い入れもひとしおだ。

校了後に見本誌が手元に届けば、完成したという喜びをより一層実感できるはず‥‥なのだが、たぶん、その頃にはもう、僕は日本にいない(苦笑)。去年とまったく同じパターンだなあ‥‥。ま、仕方ないか。

好きな文章、嫌いな文章

文章の良し悪しとは何によって決まるのか、ということについて考えてみる。

身も蓋もない言い方をすれば、それは結局、読者次第だ。どんなに有名な作家が書いた文章でも、どうにも性に合わないという人はいるだろうし、多くの人が駄文としかみなさないものでも、ある人にとっては心を動かされる文章かもしれない。文章の良し悪しは、人それぞれ。百人中百人がいいと思う文章は、たぶん、ほとんど存在しない。

僕自身、何がいい文章で、何が悪い文章なのか、はっきりした基準を持ってはいないし、それが他の人に通じるとも思わない。物書きとしては、それじゃダメなのかもしれないが‥‥(苦笑)。ただ、自分はこういう文章は好きで、こういう文章は嫌いだ、という個人的な好みを挙げることはできる。

僕が好きな文章は、書き手の人となりが、素直に表れている文章。たとえ、ところどころが拙い印象でも、「これを伝えたい」という気持が一行々々に籠っていれば、僕はそれを「いいなあ」と感じることが多いような気がする。

で、嫌いな文章は‥‥うまく言えないが、「カッコつけてる文章」かなあ。「カッコイイ文章」ではなく、「カッコつけてる文章」。

「カッコイイ文章」というのは、本当に何か素晴らしいテーマについてきっちり書かれていれば、自然とそういう文章になるものだと思う(僕はそんな風に書く自信はないが‥‥)。でも、時々、実際よりも物事を大仰に、感動的に盛り上げて書こうとしたり、気の利いた(と往々にして思い込んでいる)レトリックで文章を飾り立てたり、書き手自身をよりよく見せようという作為が透けて見えたりすると、ぱたん、と本を閉じてしまうことが多い。

まあ、僕には「カッコつけてるなあ」と感じられる文章も、もしかするとその書き手は、裏表のない素直な気持で書いたのかもしれないし、そういう文章が好きな読者もいるかもしれないから、やっぱり、いいとか悪いとかは言えない。あくまでも、個人的な好き嫌いの話ということで。

作り手は作り手に嫉妬する

以前、西村佳哲さんにインタビューをさせていただいた時、次のような話を聞いたことがある。

「たとえば、出来のいい映画を観て“くやしい”と感じる人は、モノ作りに携わっている人ですね。そういう人は、作る側に視点が回っていくものなんですよ」

確かに、それは当たっていると思う。自分を例に挙げるのはおこがましいけど、面白い本を読み終わった後は、無性に原稿を書きたい気分になったりする。先日、たかしまてつをさんの個展にお邪魔した時は、「こんな空間で、壁一面にバーンとラダックの写真を展示したら、気持いいだろうなあ‥‥」と妄想したりもした(笑)。あと、逆の立場では、ある飲み会の席で、同業者の人から「ヤマタカさん、ぼかぁ、あんたに嫉妬してるんですよ!」と、面と向かれて言われたこともある。別に、僕はそこまでの人物じゃないんだけど‥‥(苦笑)。

作り手は作り手に嫉妬する。それはとても健全な反応だし、互いにそれを糧にして新しいものを作り上げていければ、素晴らしいことだ。ただ、他の人の作品に刺激を受けて、「よーし、自分も!」と決意しても、相手の後追いで似たようなものを作るだけでは、単に模倣をしているにすぎず、オリジナルはけっして越えられない。作るなら、自分自身のアイデアと力で勝負しなければ、意味がない。

単なる後追いで終わるか、自分の道を見出すか。本物の作り手になれるかどうかは、そこが分かれ目だと思う。