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「テルマ&ルイーズ」

30年以上前に公開されたリドリー・スコット監督の「テルマ&ルイーズ」が、監督自身の監修によって4Kレストアされた。未見だったこの映画を昨日観に行ったのだが……いやー、最高。不朽の名作と言われるだけのことはある。めちゃめちゃ面白かった。

横暴な夫に虐げられている専業主婦のテルマと、場末のレストランで給仕として働くルイーズ。ある週末、二人はオープンカーに乗って旅行に出かけるのだが、思いもよらない災難が次から次へとふりかかり、気がつけば警察に指名手配までされて、はるか彼方のメキシコを目指して逃げ続けるはめになってしまう。その逃避行を経るうちに、二人は……。

運が悪すぎる災難の連続で追い詰められているのに、逆にテルマとルイーズは、逃避行の旅を通じて、がんじがらめの日々から解き放たれ、自由と、本来の自分たちらしさを獲得していく。そのプロセスが、何とも言えず痛快で。物語に登場する男たちの大半が、固定観念に凝り固まったろくでもない連中ばかりだったのと対照的だった。ブラッド・ピット演じるJDの、あまりにもどうしようもない底なしのクズっぷりは、逆に面白くもあったけれど。

僕たちが生きている世界は、昔も今も、複雑で憂鬱で理不尽な現実に満ち満ちているけれど、テルマとルイーズを乗せたフォード・サンダーバードは、そんな世界を軽やかに飛び越えていく。彼女たちの物語が、これからの世界を生きる女性たちの希望になりますように。

「瞳をとじて」

ビクトル・エリセの新作長編が公開されると聞いた時は、驚いた。「マルメロの陽光」以来、31年ぶりの作品だという。それ以前の長編作品も「エル・スール」と「ミツバチのささやき」だけだから、今回の「瞳をとじて」でようやく4作目の長編ということになる。そんなにも寡作の映画監督なのに、世界中でこれほどまでに注目され、期待されていた人は、他にいないのではないだろうか。

主演映画の撮影中に、突然失踪した人気俳優、フリオ・アレナス。彼の親友でその映画の監督でもあったミゲル・ガライは、それから20年以上、映画の世界から離れ、海辺の街で暮らしていた。そんなある日、ミゲルは、フリオの失踪の謎を追うドキュメンタリー番組への出演依頼を受ける。複雑な思いを抱きながらも、撮影技師のマックスやフリオの娘のアナ、かつての恋人のロラに会って、記憶の糸を辿っていくミゲル。そんな彼のもとに、番組の放映後、思いもよらない情報が届く……。

物語は、けっして急ぐことなく、静かに、淡々と、丁寧に綴られていく。一つひとつの場面の美しさ。ぽつりぽつりと、沁み入るように響く台詞。そして何より、映画そのものに対する信頼と愛着。ラストシーンのその先の物語は、一人ひとりの観客に委ねられているようにも思えた。

ひさしぶりに、彼の他の作品も見直してみたくなった。どこかでまた、特集上映をしてくれないかな。

「ストリートダンサー」

日本に戻ってきたら、余裕のある時にゆっくり観に行こうと思っていた「ストリートダンサー」が、新宿ピカデリーなどでは今週で終映になってしまうと知り、昨日あわてて観に行ってきた。間に合ってよかった……ふう。

このシリーズの前作「ABCD2」は、前にエアインディアの機内で観たことがある。わかりやすい筋書きで結構面白かったので、舞台設定は違えど実質的な第3作となる「ストリートダンサー」(Street Dancer 3D)も楽しみにしていたのだった。主演はヴァルン・ダワンとシュラッダー・カプール、そして今やインドの伝説的ダンサー、プラブデーヴァー。

物語の舞台はロンドン。怪我でダンサーとしての夢破れた兄の意思を継いだサヘージが率いるインド系ダンサーチーム「ストリートダンサー」と、裕福な家庭に生まれながらも隠れてダンスに熱中するイナーヤトが率いるパキスタン系ダンサーチーム「ルール・ブレイカーズ」は、路上で、あるいは酒場で、常に反目し合っていた。そんなある日、酒場のオーナーであるラームがひっそりと続けているある活動に、イナーヤトは大きな衝撃を受ける。やがて、優勝賞金10万ポンドのダンスバトル大会「グラウンド・ゼロ」の開催が発表される。自身も優れたダンサーであるラームはサヘージに対し、イナーヤトと力を合わせて大会に出ろと促すが、サヘージには良心の呵責を感じている秘密があった……。

前2作と今作の違いは、欧州で困窮する移民たちの問題に焦点を当てていることだろう。それぞれに夢を抱いて国を離れたものの、さまざまな理由で不法滞在者として追われ、職にも就けず、母国にも帰れずにいる人々。そんな人々を救済するために、ラームとイナーヤト、そしてサヘージたちは、グラウンド・ゼロでの優勝賞金の獲得を目指す。単なるダンスバトル映画に終わらない、シリアスなテーマを内包した作品になっていた。

反面、前作で心地よく楽しめた、技術は未熟ながら個性豊かなメンバーたちが集まって、それぞれに切磋琢磨しながらダンスをレベルアップさせ、強敵とのダンスバトルを勝ち抜いていく……という、このシリーズ本来の醍醐味は、やや薄くなってしまっていたかなと思う。ダンスシーン自体の映像は洗練されていたけれど、そこに至るまでの努力の過程を、もう少し楽しんでみたかった。

ともあれ、「インド映画って、歌って踊るんでしょ?」という時代錯誤なステレオタイプに凝り固まっている人がまだいるなら、こういう作品を見せればいいと思う。そう、歌って踊るよ。あなたの想像もつかないほどの、ハイレベルなテクニックで。

そして物語は現れた

昨日の朝、デリーから東京に戻ってきた。

家では、蛇口をひねればお湯が出る。食べ物は、肉も魚も野菜もよりどりみどり。何から何まで快適で、正直ほっとする。この二カ月間は、そういう快適さとはまったくかけ離れた日々だったから。

でも、この二カ月間のかの地での日々は、忘れようにも忘れられない、夢のような毎日でもあった。訪れる前には想像もしていなかった出来事が、次々に起こった。そして気がつくと、一篇の物語が、僕の目の前に現れていた。これは、ちゃんと書かなければ、と思う。この物語を書き残せるのは、僕しかいないだろうから。

これもまた、ある種の運命なのだろうと思う。

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ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』読了。ベストセラーになったのも納得の面白さで、グイグイ読ませる。舞台となる湿地の風景と動植物の緻密な描写は、著名な動物学者でもある著者の面目躍如といった筆致で、素晴らしかった。この本のもう一つの軸であるミステリーの謎解き部分は、やや説得力が弱く、「んん?」と感じる点もあったけれど。

ラドヤード・キプリング『キム』読了。終盤の見せ場の舞台としてスピティが登場するということで読んだ一冊。19世紀当時のインドの風景や人々の生活が鮮やかに描かれていて、楽しめる。ただ、時代的に仕方ないとはいえ、当時の英国によるインド支配を完全肯定してるのはどうなんだろう、と思う。文章も独特のくせがあって、正直ちょっと読みづらかった。

背骨も心も折れそうな

来週から、取材でインドに行く。約2カ月間。最近の取材の中では、まあまあ長い。

今週はその準備と荷造りに追われていたのだが、どうにか整った。しかし何というか、正直、ちょっと気が重い面もある。

まず、荷物が、でかくて、重くて、多い。容量100リットルのダッフルバッグと、カメラ2台と150-600mmの望遠レンズその他が詰まったカメラザック、携帯品所持用のショルダーバッグ、ダッフルに入りきらなかったスノーブーツを詰めたトートバッグ。全部担いで歩くだけで、結構な筋トレレベルである。背骨も心も折れそうなくらい重い。

次に、目的地が遠い。羽田から飛行機に乗ってから、目指す場所に着くまで、6日間もかかる。道路事情によっては、さらに足止めを食う可能性もある。

その他はまあ、最初から承知の上なのだが、まともに風呂に入れないとか、洗濯もままならないとか、酒もたぶんほとんど飲めないとか……。

それでもちょっと救いなのは、行く先々で、昔からの現地の友達とか、その知り合いとか、いろんな人がサポートを申し出てくれているということ。それは本当に、ありがたいことだなあと思う。

まずは、安全第一で、無事に取材をやり遂げてくること。その中で、自分が何をなすべきかを考え、実行に移してくること。目の前のものごとをありのままに見つめ、写真に写し取ってくること。くれぐれも油断せず、注意深く、頑張ってこようと思う。

帰国は3月10日の予定です。では、いってきます。

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レアード・ハント『インディアナ、インディアナ』読了。人には見えない「いろんなもの」が見えていた男、ノア。年老いた彼は今、焼け落ちた屋敷の跡に建てられた小屋で、ガラクタにしか見えないものに囲まれて暮らしている。母との記憶、父との記憶、心が壊れた妻からの手紙。過去の記憶の断片が少しずつ重なり合い、ノアのこれまでの人生が立ち現れていく。天衣無縫のようで実は緻密に計算されている構成に驚かされるし、文章も(柴田元幸さんの訳文はもちろん、おそらく原文も間違いなく)リリカルで美しい。