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インド率増大

昨日の夜は、吉祥寺のレンガ館モールの地下にある中華料理屋でごはんを食べながらの打ち合わせ。来年から参画する新しい仕事について。

新しい仕事というのは、撮影と執筆を伴う取材で、インドにまつわる旅の本づくりをお手伝いするというもの。ラダックやスピティをはじめ、その他のインドの地域もいくつか担当することになった。それも一回限りではなく、たぶんほぼ毎年。つまり、一年のうちにインドに滞在する時間が、今まで以上に増えるということだ。

たとえば、来年は多くても合計で2カ月くらいのインド滞在になると考えていたのが、昨日の打ち合わせを踏まえると、少なくとも合計3カ月はいなければならなくなりそう。年の4分の1をインドに持ってかれるわけである(苦笑)。

まあ、新しい仕事自体はとても面白そうだし、一緒に組むスタッフも凄腕の方々ばかりなので、楽しみではあるのだが。残りの人生における予想以上のインド率の増大に、やや戦々恐々としている。

想定外すぎる顛末

今年の夏のアラスカへの旅では、後半に、アナクトブック・パスという村に3日間滞在する計画を立てた。北極圏の扉国立公園(Gate of Arctic National Park & Preserve)の只中にぽつんとある、僻地中の僻地だが、大型セスナの定期便はフェアバンクスから毎日運航しているし、村には一軒、レストラン付きの宿もあるという。旅行会社を通じてもろもろを予約手配し、行ってみることにした。

で、アンカレジからフェアバンクス経由で飛行機を乗り継いで、アナクトブック・パスに着いたのだが、あると聞いていた宿がまず見当たらない。何人かの村人(そもそも外を出歩いてる人がほとんどいない)に聞いて、連れていってもらった建物は、看板もなく、中も散らかってて荒れ放題。玄関のナンバーキーを開けてくれた近所の人曰く、宿のマネージャーを務めていた人がこの春に亡くなって、以後は宿もほぼほったらかしの状態らしい。

かろうじて電気と水は使えたので、寝起きできる状態の部屋のナンバーキーを開けてはもらったが、共用のトイレやバスルームはぐちゃぐちゃ。宿に付設のレストランも長い間営業しておらず、汚れた食器がシンクに山と積まれている。使えるのは電子レンジ一台だけ。あわてて村に一軒だけある食料品店に行って、棚に少しだけあったレンジフードと、果物の缶詰、水とジュースを3日分買い込み、滞在中はそれらでどうにかしのいだ。

僕も今までそれなりにいろんな場所を旅してきたが、予約していた宿の人が亡くなってて、誰も管理していない半ば廃屋のような宿でのホラーじみたサバイバルというのは、当たり前だが初めての経験だった。飲み会の席での話のネタとしてはそれなりに引きはあるのかもしれないが、取材目的での旅にはただただマイナス要因でしかなくて、今回の取材や撮影は、正直言ってあまり思い通りにはいかなかった。残念。

まあ、想定外すぎる顛末とはいえ、自分の計画の詰めの甘さもあったのかな……。そういう意味では、良い勉強になった。

「Pad Man」

今年の夏、デリーからサンフランシスコまで飛ぶエアインディアの便に乗った。成田〜デリー間の便に比べるとインド映画のラインナップも少なめで、しかも僕の席はイヤフォンの調子がものすごく悪かった(席のプラグがいかれてたっぽい)。なので、その機内ではインド映画はあまり観られなかったのだが、これは良かったな、と思ったのは、アクシャイ・クマール主演の「Pad Man」。インドで安価な生理用ナプキンの製造方法を開発し、その普及に努めた実在の人物をモデルにした作品だ。

修理工場に勤めるラクシュミーは何でも自分で工夫して発明してしまう器用な男で、愛する妻のガーヤトリーと幸せな生活を送っていた。だが彼は、妻をはじめとする周囲の女性たちが、生理になると不浄な者として母屋を追い出され、不衛生な布切れをナプキンの代わりにし続けていることに疑問を抱く。こうした慣習は女性に致命的な病気を引き起こす危険があると医師から聞いた彼は、一般の女性には高価すぎて手が出ない市販品の代わりに、より安価なナプキンを作れないか、と試行錯誤するようになるが……。

映画仕立てにしたストーリーだから、という点は差し引いて考える必要はあるとは思うけど、インドの地域社会の閉鎖性にはいささか驚かされた。その頑なさに、主人公ラクシュミーの取り組みは何度も跳ね返され(まあ、彼の物事の進め方もいささか無理くりな面はあるのだが)、ついには故郷から追い出されてしまう。後半ではソーナム・カプール演じる女性パーリーの協力を得て、農村で暮らす女性の自助活動の一環として安価なナプキンの普及に取り組むラクシュミーの奮闘が描かれる。映画の終盤、ラクシュミーが国連でカタコトの英語でスピーチする場面は圧巻で、シンプルに胸を打つ。最後の最後は、ハッピーエンド、なのか? インドの人たち、そんな手のひら返しでいいの? とツッコミたくなったが、そう思わせることも含めてのエンディングなのかもしれない。

日本でも、2019年12月からの劇場公開が決定したという。日本語字幕でじっくり見られるのが楽しみだ。

「Jab Harry Met Sejal」

シャールク・カーンとアヌシュカー・シャルマー主演、イムティヤーズ・アリー監督のラブストーリー。「面白くないわけないじゃん、観たい!」と去年からずっと思っていて、iTunesでサントラまで買った「Jab Harry Met Sejal」。先日、エアインディアの機内でようやく観ることができたのだが……。

パンジャーブ出身で今はヨーロッパでツアーガイドとして生計を立てている、女たらしのハリー。ある日、ガイドしたグジャラートからの団体ツアーの終了後、ツアー客の女性が一人、彼の元に引き返してきてしまう。ツアー中に大切な婚約指輪をなくしてしまったその女性、弁護士のセージャルは、一緒に指輪を探してくれるようにハリーに強要。指輪探しの珍道中が始まり、やがて二人は……。

ヨーロッパ各地の旅の映像は華やかで美しいし、音楽もノリノリだし、アヌシュカーのコケティッシュな演技は可愛いし、無精髭を生やしたシャールクは安定のシャールクっぷり。しかし、「なくした婚約指輪を探してヨーロッパを旅して回る」というそもそもの設定にリアリティがなさすぎて、どうにもこうにも無理がある。探し方も行き当たりばったりで、本気で探すならさすがにもっと効率と確率の高いやり方もあるだろうに、と。無理な設定のために、物語もあちこち跳ねてしまってる印象で、観ていて落ち着かなかった。

もうひと息、ふた息、がんばってほしかったなあ。インド国内でも、シンプルなラブストーリー&ロードムービーの需要はこれからも確実にあると思うので。

「Tubelight」

この夏、エアインディアの機内で観た2本目の映画は、カビール・カーン監督、サルマン・カーン主演の「Tubelight」。同じ顔合わせで大ヒットを記録した「Bajrangi Bhaijaan」(日本でもようやく2019年に公開されるらしい)がインドとパキスタンを舞台にしていたのに対し、「Tubelight」は1960年代の中印国境紛争が主要なテーマになっている。

北インドの街で暮らす、心優しいがやや知恵遅れのところがある兄ラクスマンと、しっかり者の弟バラトは、幼い頃から固い絆で結ばれた兄弟だった。やがてバラトは軍に入隊し、中国との国境付近へ。その後バラトは、戦闘に巻き込まれて捕虜になってしまう。一方、ラクスマンが残る街には、中国系の母と子が移り住んできて、住民との緊張が高まっていた……。

前作の「Bajrangi Bhaijaan」同様、国や人種の違いを超えた人と人との結びつきというこの作品のテーマには、かけがえのない価値があるとは思う。ただ、主人公ラクスマンを演じるサルマン・カーンの演技は、ちょっとわざとらしいというか、ナチュラルさに欠ける部分があって、そのいまいちハマりきってない感じが作品全体に及んでしまっていた印象がある。個人的にも、今回の主人公にはあまり感情移入できなかった。

ちなみに、ソーヘル・カーン演じるバラトが派遣される戦場のシーンは、主にラダックで撮影されたのだそうだ。あと、シャールク・カーンの出演シーンにはかなりびっくりした(笑)。