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チャーミー接近

昼、町田へ。前々から依頼されていた、町田市立国際版画美術館で開催中のヨルク・シュマイサー展の会場で、ラダックについてのギャラリートーク。あいにくの雨だし、場所も町田の駅から結構離れたところなので、人はあまり集まらないかなと思っていたのだが、思いの外、大勢の方々にお越しいただいた。今年の夏のツアーのお客さんもお二人来てくださったし、本の読者の方も何人かいらしてくださって、ありがたいことだなあ、と思う。ともあれ、出発前の外での仕事は、これで片付いた。

そう、来週月曜から約4週間、恒例のタイ取材が始まる。やっと東京も涼しくなってきたというのに、僕だけ夏に逆戻り(苦笑)。まあ仕事は仕事だし、何だかんだで今年で6年目なので、しょうがないと思ってる面はあるのだが、ここに来て最大の問題は、チャーミー。台風24号である。

数日前の天気予報では、僕が乗る羽田発バンコク行きの便が出発する月曜の午前中に関東地方も台風に巻き込まれるという予想が出ていて、これはまずい、と僕も焦って関係各所に相談したりしていた。その後、台風の移動速度が速まって、日曜の未明には通り過ぎそうだという予報に。とりあえずほっとしたのだが、残る問題は、風だ。台風が通過した後も強風が収まらないようだと、場合によっては飛行機の出発時間が遅れるかもしれない。2時間以上遅れると、バンコクからのチェンラーイ行きの便に乗り継げないので、かなりめんどくさいことになる。

くっそ、チャーミーめ。そうでなくてもしんどい長旅の始まりなんだから、せめて心穏やかに旅立たせてくれい。

憤死寸前

昨日は夕方から、渋谷にある旅行会社の事務所で飲み会。7月にラダックで実施した、写真家さんたちの取材ツアーの打ち上げ。僕の帰国が遅かったせいで、打ち上げも今頃になってしまったのだった。

ブータンから届いた松茸をグリルで焼いたものや、角田明子さん入魂の餃子の数々、鮫島亜希子さんお手製のチキンビリヤニとイカカレーなど、豪華なメニューがずらり。話もとても盛り上がって、愉しい飲み会になった。

途中、僕以外の方々が秘密裏に仕込んでいたという、入籍祝いに用意してくださっていたケーキがローソクを灯されて運ばれてきた。そして、ケーキを持たされている僕を、プロの写真家5人がスマホで激写するという状況に(苦笑)。あまりにも恥ずかしすぎて、憤死寸前だった……憤死という言葉の本来の意味合いとはちょっと違うけど、まじでこめかみの血管が破裂しそうなくらい、しんどかったので。

人前でああいう風にされるのは、自分にはやっぱり、無理だ……。でも、みなさんのご好意、嬉しかったです。ありがとうございました。

「同意」

キネカ大森でのインディアン・シネマ・ウィーク(ICW)、3本目に観たのは「同意 Raazi」。2018年夏に公開された、アーリヤー・バット主演のスパイ・サスペンス。

1971年、東ベンガル(後のバングラデシュ)の独立運動に伴って、インドとパキスタンとの間では急激に緊張が高まっていた。カシミール生まれの大学生サフマトは、余命わずかな父の願いを聞き入れ、彼の友人であるパキスタン軍人の末息子のもとへ嫁ぐ。だが、その真の目的は、諜報員だった父の跡を継いで、パキスタンの軍事作戦を探るという危険な任務だった……。

スリリングな映画だった。何しろ1970年代初頭なので、スパイが情報伝達に利用できるのは固定電話やモールス信号機のみ。そのアナログなまだるっこしさで、さらにハラハラさせられる。奇抜な仕掛けはないのだが、最後の最後まで読めない展開で、あっという間の140分だった。

この作品でとにかく痛ましいのは、主な登場人物がほぼ全員、善人であるという点だと思う。本当の意味での悪人は一人もいないのに、国と国との軋轢に巻き込まれ、ある者は命を落とし、残された者は悲しみに突き落とされ、サフマトはあまりにも理不尽な運命を背負わされてしまう。「私は他の何者よりも、祖国を愛する」という彼女の信念は、人として、本当に正しかったのか。つくづく考えさせられる。

ちなみに、この映画の原作の小説にはモデルとなった実在の女性諜報員がいて、劇中のいくつかの出来事は、実際に彼女の身に起こったことを基にしているのだそうだ。そういう話を聞くと、なおさら、やるせない。

「マジック」

キネカ大森でのインディアン・シネマ・ウィーク(ICW)、僕が2本目に観たのは、タミル映画、ヴィジャイ主演の「マジック(Mersal)」。この作品は昨年暮れにインドで公開されて以来、後述する話題などもあって、大ヒットを記録している。

チェンナイで、どんなに貧しい患者でも5ルピーで診察する医師、通称「5ルピー先生」のマーランは、パリの国際会議で表彰されるほどの人徳者。そんな折、とある事故に関わった4人の医療関係者が誘拐されて行方不明になり、マーランは容疑者として逮捕されてしまう。彼と瓜二つの顔を持つ謎のマジシャン、ヴェトリとは何者なのか。その過去に秘められた悲劇、真の巨悪とは……。

インド映画では主演が一人二役とかいうのはさほど珍しくないのだが、この作品でのヴィジャイは、なんと一人三役。序盤から息もつかせぬ展開で、マーラン/ヴェトリの正体をめぐる謎にグイグイ引き込まれていく。極彩色のダンスシーンと、ぬらぬらした血飛沫の舞う過激なアクション。映画館の大画面とはらわたに響く爆音でこの作品を堪能できたのは、本当にありがたかった。この映画の重要なテーマであるインドの医療問題について、込み入った台詞の内容を日本語字幕で正確に追えたのも助かった。

そう、この作品には、現在のインドの医療が抱えている深刻な問題(公立病院の慢性的な不足、法外な医療費のかかる私立病院、蔓延する不正の数々)を痛烈に批判していて、その矛先は今のインド政府与党のBJPにも向けられている。作中には「シンガポールでは7%の物品サービス税(GST)によって医療を無償化している。インドは最大28%ものGSTを取っているのに、なぜ医療を無償化できないのか」という台詞も織り込まれていて、このシーンのカットを要求したとされるBJPに対して猛烈な抗議が寄せられたことも話題になった。

社会的なテーマをがっちり組み込んではいるが、この作品は正真正銘の娯楽大作。こういう映画づくりがちゃんと行われていて、大衆もそれを拍手喝采で受け入れているのが、タミル映画の奥深さなのだなあ、と実感した。

ヴィジャイの一人三役に合わせて登場するカージャル、サマンタ、ニティヤのトリプルヒロインがちょっと出番少なめかなあとか、ほぼ全部をCGで片付けようとしてるマジックシーンとか(苦笑)、細かく言いはじめたらまあいろいろあるにはあるが、この映画は、最初から最後までアドレナリン全開でどっぷり楽しめば、それでいいのだと思う。

「神が結び合わせた2人」

日本でのインド映画の上映企画というと、これまでは10月に開催されるインディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン(IFFJ)が有名だったが、去年あたりから、9月にもインディアン・シネマ・ウィーク・ジャパン(ICW Japan)という企画が始まった。このICW、今年は上映本数も一気に増えて、なかなかの良作が揃っている。中でもインド映画クラスタが歓喜しているのは、「神が結び合わせた2人(Rab Ne Bana di Jodi)」。シャールク・カーンと、この作品でデビューしたアヌシュカー・シャルマーのラブコメだ。

アムリトサルで電力会社に勤める生真面目なスーリは、恩師の娘ターニーの結婚式に招かれた夜、そのターニーに一目惚れ。ところが、ターニーの婚約者は交通事故で急死し、恩師もショックで心臓発作を起こしてしまう。死に際の恩師の願いに従い、スーリはターニーと結婚するが、ターニーは「もう誰も愛さない」と心を閉ざしたまま。暇つぶしと気晴らしにダンス教室に通いはじめたターニーを見守るべく、スーリはラージというチャラけた男に扮して、ダンス教室に潜入する……。

七三分けにメガネと口ひげのいなたいスーリと、グラサンにピチTとデニムといういろいろやりすぎのラージ。この二役(というか同一人物だけど)を演じ分けるシャールクが、何だか本当に楽しそうで(笑)。無敵でも不死身でもないけれど、ただただターニーを思い続けるそのひたむきさには、観ていて胸にぐっとくるものがあった。一方、デビュー当時のアヌシュカーの初々しい美しさは、文字通り眩しいほど。ちょっとズレてる日本絡みのネタや、「Dhoom」などのパロディネタも結構仕込まれていて、笑いどころも多かった。

喜怒哀楽の感情をそれぞれめいっぱい振り切って、最後は「あー、よかった! 面白かった!」とすっきりした気分で席を立つ。そう、こういうインド映画を観たかったんだ。