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ぼっち合宿のたくらみ

先月の半ば頃から、原稿の執筆に取り組んでいる。来年出す予定の、ラダックについての新しい本の原稿。

書き始める前に、全体の構成や各部分のプロットはきっちり決め込んでおいたし、原稿自体もまずまずのペースで書き進めているのだが、何しろ、まるごと一冊書き下ろしなので、それなりに時間はかかる。この間試算してみたら、最後まで書き終わるのは来年の二月、推敲とリライトが終わるのは三月頃になりそう。長丁場である。

こういう長丁場の仕事は、日々淡々とマイペースで取り組み続けるしかないのだが、たまにはスカッと気分転換したいし、家とは違う環境で執筆に集中できるならなおいい。そこで、しばらく前から噂で聞いていた、温泉旅館での原稿執筆プランというものに申し込んでみることにした。このプラン、1日3食の食事付きで、朝と晩には温泉に入れて、それ以外の時間はずっと和室の客室で原稿に取り組めるというもの。無料オプションで原稿進捗の確認や読後の感想なども頼める(僕は頼まないけど、笑)。この原稿執筆プランを、来週明けから3日間ほど使ってみようと思う。

泊まるのは、超高級とまではいかないものの、それなりに良い旅館で、普段ならそう何泊もできないお値段なのだが、今回は例のGO TOなんちゃらで宿泊料金が35%オフになるのを利用することにした。あの一連の政策自体にはいまだにまったく賛成できないが、それの原資が自分の納めた税金からむしり取られてるのも事実なので、極力ほかの人に迷惑をかけない原稿執筆ぼっち合宿というやり方で、納めた分を取り戻そうと考えた次第。

まあ、自分の性格上、自腹を切って合宿したら、元を取るべくめちゃくちゃ集中して書くと思うので(笑)、いい形でスパートをかけられるよう、頑張ります。

ヨーイドン

午後、千石で打ち合わせ。来年出すことが決まった、新しい本について。

オンラインとかでなく、対面で仕事の打ち合わせをするのは、たぶん半年ぶりくらいだ。今回の打ち合わせも、「いつもなら小さめのミーティングスペースでやるんですが」と担当編集さんに案内されたのは、14、5人での会議もできるくらいの大きな会議室。ドアも開けて換気にも気を遣っていただいていて、ありがたいことだなと思う。

打ち合わせ自体は、とてもスムーズかつなごやかに進み、諸条件も特に問題なく合意し、つつがなく終えることができた。春先に企画を提案して以来、だいぶ時間がかかってしまったが、これで本格的に執筆に取りかかることができる。ヨーイドン、と自分で自分に声をかけたくなる気分だ。

……ぶっちゃけ、先方で検討してもらっている発売時期を考えると、そんなに悠長に構えてもいられなくなったので、実はちと焦っている(苦笑)。

次の本へ

四月下旬に『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』を雷鳥社から刊行したばかりだが、来年、別の出版社から、ラダックとその周辺についての新しい本を出すことが決まった。

本の企画を提出したのは四月、サンプル原稿を提出したのは五月だったから、決まるまでちょっと時間がかかったのだが、どうにか。具体的な刊行時期は、来年のうちに、という程度のおぼろげな状態。昨今のコロナ禍の影響で、どこの出版社も刊行スケジュールがいろいろ変更になっていて、てんやわんやなのだそうだ。それでもまあ、このご時世に、出版社から書き下ろしの新刊を出せることになったというだけでも、ありがたいことではある。

この本のために必要な材料はほぼ手元に揃っているので、これから半年くらいの間は、ひたすら家に籠もって原稿を書くことになる。考えてみると、去年の後半とほぼ同じ図式である。ただ、去年は十月に恒例のタイ取材が入ったことで執筆スケジュールが相当厳しかったのだが、今の状況だと、海外取材の仕事は来年春くらいまで入ってこないだろう。直近の収入源が減るのは確かに痛いが、その分、新刊の執筆に集中できると割り切って、ポジティブシンキングで取り組んでいこうと思う。

ああでも、楽しみだなあ。また一冊、本を作ることができる。今度もせいいっぱい頑張って、良い本にしよう。

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川内有緒著・中川彰撮影『バウルを探して〈完全版〉』読了。ベンガルの吟遊詩人バウルを追ってバングラデシュを旅した紀行で、七年前に刊行されたものが約100ページの写真とともに生まれ変わった。武田百合子の『犬が星見た ロシア旅行』をほんのり思い起こさせる軽やかな(でも時々ドライな)文体で、自分自身の内面を手探りしながらの旅の様子が誠実に描かれている。初版の刊行直前に亡くなった中川さんがフィルムで遺した旅の写真と、その中川さんに宛てて書かれた川内さんの「手紙」が、刊行から月日を経たこの本を、文字通りの「完全版」にしている。作られるべくして作られた一冊だったのだな、と思う。

今は旅に出られなくても

「今年、旅に出られなくて、つらくないですか? 禁断症状、出てないですか?」的なことを最近よく聞かれる。普段は1年のうち3、4カ月を海外で過ごしている身だし、そう思われるのも無理はない。

実のところ、自分でも意外だったのだが、旅に出られなくても、特にしんどくはない。コロナ禍でそれなりに不自由はあるけれど、東京での日々の暮らしを、淡々と過ごせている気がする。

理由はいくつかある。ここ10年ほどの間に、旅の動機が取材やガイド業といった仕事にすっかり移行していて、純粋な気晴らしやレジャー目的で旅に出ることがほぼなくなっていたこと。今の時点で、「冬の旅」の時の取材のように重要な取材の予定は特になかったということ、など。海外に行けないなら、まあ東京にいるしかないよね、しゃーない、と、割とあっさり受け入れているように思う。

取材で海外に行けなかったり、国内での取材仕事にもコロナ禍で影響が出ていたりで、本来あったはずの収入も目減りはしているが、去年の取材仕事の報酬や先日出した本の印税などもささやかながら入ったし、二人暮らしの今は固定費もそこまで嵩まないので、当面はまあ、何とかやっていける。今の状況がさらに長引く可能性もあるので、その場合の対策はしておく必要はあるけれど。

厳寒期のザンスカールやルンナクで過ごした日々を思えば、今の方が、よっぽど楽だ(笑)。いつかまた、旅に出られるようになる時に備えて、今できることを、ゆっくり、あれこれ、準備しておこうと思う。

「カセットテープ・ダイアリーズ」

先週末、六本木の映画館で「カセットテープ・ダイアリーズ」を観た。相方と一緒に観に行ったのだが、相方はこれが2回目の観賞。僕がインド関係のイベントに出展してる時に一人で観に行って、すっかり気に入り、僕も連れてもう一度観に行きたいと思ったのだそうだ。

舞台は1987年の英国の片田舎の町、ルートン。パキスタン系移民の息子ジャベドは、厳格な父親からの締め付けや、移民の存在を快く思わない町の人々からの偏見に悩みながら、その思いを誰にも見せない日記や詩に書き綴る日々を過ごしていた。そんなある日、ジャベドはクラスメイトのループスが貸してくれたブルース・スプリングスティーンのカセットテープを聴いて、衝撃を受ける。自分の鬱屈した思いをすべて歌ってくれているかのような彼の音楽に、夢中になるジャベド。スプリングスティーンが楽曲に込めたメッセージに背中を押されるように、ジャベドの人生も変わりはじめていく……。

この作品は実話を基にしているそうなのだが、苛酷な生い立ちや厳格な父親に抗いながら、自身の才能と努力で人生を切り拓いていくという構図は、サクセスストーリーとしては王道中の王道だ。最近だとインド映画の「シークレット・スーパースター」や「ガリーボーイ」なども同じ構図だが、この2作品では最終的に家庭が瓦解してしまうほど切迫した設定になっている。それらに比べると「カセットテープ・ダイアリーズ」はもう少しマイルドで、家族や地域とのつながりが大きなテーマとなっているように思う。

スプリングスティーンによって心を解き放たれたジャベドは、恋に、友情に、そして将来の夢に、勇気を奮って歩み出していく。その過程の多くは、インド映画のダンスシーンを参考にしたかのようなミュージカルで描かれているのだが、インド映画ほどキメキメではなく、演者の照れや初々しさがそこはかとなく感じられる(笑)。何から何まで全部スプリングスティーンの歌でくるんで一気に突っ走っていくという、不思議な爽快感のある演出だ。

そんなジャベドたちの行手には、格差社会や移民への無理解という、醜悪で頑迷な壁が立ち塞がる。その壁は、2020年の今もなくなるどころか、さらにこじれた形で世界中にはびこっている。それに完全に打ち克つことはとても困難だが、声を上げ続けることをあきらめてしまってはいけない、ともこの作品は語っているように思う。

総じてとても良い作品だったのだが、公式のパンフレットに、ちょっと残念なミスを発見。ジャベドにスプリングスティーンを教えた親友のループスを「ムスリム系の陽気なクラスメイト」と説明しているのだが、劇中で見るかぎり、ループスはパンジャーブ系のスィク教徒という役柄だと思う。