Tag: World

「ル・アーヴルの靴みがき」

奇才という言葉がこれほど似合う人はいないであろう映画監督、アキ・カウリスマキの五年ぶりの新作「ル・アーヴルの靴みがき」を観に行った。フランス北部の港町ル・アーヴルで、靴磨きをして生計を立てる初老の男マルセルと、妻のアルレッティ、犬のライカ。つつましい暮らしを送る彼らの前に、アフリカから来た不法移民の少年イドリッサが現れる。マルセルが次第にイドリッサに深く関わるのと時を同じくして、アルレッティは病に倒れて入院し、医師から余命いくばくもないと告げられる‥‥。

徹底的に決め込まれたカメラの構図やライティング、抑えた表情の俳優たち、独特の間合いでぽつぽつとやりとりされる台詞。リアリティからかけ離れた、どこか異世界に迷い込んだかのようなカウリスマキ節はこの作品でも健在で、いつのまにかどっぷり引き込まれてしまう。全編にわたってうらぶれた哀愁が漂う中、登場人物たちはとても穏やかで、時に滑稽で、そして温かい。イドリッサをめぐる騒動の渦中で、マルセルと周囲の人々が惜しみなく善意を差し出していくさまも、こちらには何の嫌味もなくスッと受け止められる。特に、モネ警視‥‥カッコよすぎる!(笑)

ラストシーンについて書くのは野暮なことだが、誰もが「ええ〜っ!」と驚く展開なのは間違いない。思うに、ストーリーとしてそういう結末になったこと自体には、さしたる意味はないのかもしれない。何というか‥‥「世界は、こうあるべきだ! あなたも、そう思うでしょう?」と、最後の最後で突然、カウリスマキ監督がスクリーンからこちらに身を乗り出したかのような、そんな印象を受けた。

観終わった後、意外にも(笑)すっきりと気分の晴れる、いい映画だった。

狙いに狙う

終日、雨。身体がだるかったので、午後に少し仮眠。身体がしゃっきりしたところで、原稿を書く。

—–

写真を撮る技術で、自分がまだまだダメだなあと思うのは、いい写真を狙って撮ることができてない、ということ。

このブログのポートフォリオに載せている写真も、自分からシャッターチャンスを察知して、狙いに狙ってモノにしたという写真は、実のところ、あまりない。むしろ、「とりあえず撮っとくか」的な感じで何の気なしにパシャッと撮った写真の方が、周囲の評価が高かったりする。いい写真ってどうやったら撮れるんだろう、と思うこともしばしば。

ただ、「狙いに狙う」ことを止めたら、いい写真が撮れなくなるのは間違いないと思う。何というか、いい写真を愚直に狙い続けていれば、周囲に注意が張り巡らされて、狙いとは違うところで何気ない瞬間が訪れても、脊髄反射で反応できる気がする。狙ってないと、ほぼ絶対に反応できないから。

狙ってモノにする確率も、まぐれ当たりの確率も、両方上げていくのが理想かな。修練せねば。

謝孝浩「スピティの谷へ」

この「スピティの谷へ」という本の存在を初めて知ったのは、ずいぶん前‥‥僕がアジア横断の長い旅を終え、フリーランスの立場で物書きの仕事をするようになって、しばらく経った頃だったと思う。その時は、書店で気になって手に取ったものの、持ち合わせがなかったか何かで買わなかったのだが、「インドのこんな山奥のことを本に書く人がいるんだ」という記憶は頭の隅に残っていて、数年後に自分がラダック取材を思い立った時のヒントにもなった。そして一、二年ほど前、今はなき新宿のジュンク堂で、この本の在庫が残っていたのを見つけて購入。いろいろ落ちついたらゆっくり読もうと思い続けていたのだが、ようやく読み終わった。

僕自身、スピティには2008年の初夏に二週間ほど滞在したことがある。ラダックやザンスカールに比べると、スピティはどことなく穏やかで、谷間をゆるやかに吹き抜ける風の冷たさが印象的だった。特に、ランザという村の民家に泊めてもらった時に見た、透き通るような朝の光に包まれた村の風景は、忘れることができない。出会った村人たちのおっとりとした笑顔も、いつかまたここに戻ってきたい、と思わせるものだった。謝さんの文章には、そうしたスピティの穏やかな自然や人々の暮らしぶりが丁寧な筆致で描かれているし、二人のフォトグラファーによる写真の数々は、ページをめくるたびにスピティへの憧憬を後押しする(一人ぼっちであくせく取材してた身としては羨ましくもある、笑)。個人的には、ダライ・ラマ法王のカーラチャクラ灌頂の会場で、顔なじみの村人たちと次々に再会した時のくだりが、謝さんの人柄が表れている気がして、とてもいいなあと思った。

ただ、読み終わって感じたのは、謝さんはなぜスピティにそこまで惹かれたのか、ということ。紀行文にそういう書き手の個人的な心情を書き込むというのは、もしかするとスマートではないのかもしれない。でも、僕が「ラダックの風息」を書いた時は、自分がラダックに心惹かれた理由を突き詰めることにものすごくこだわったし、書くのに苦しんだし、それでも書き切れたという確信が持てないくらいだった。同じインドのチベット文化圏に心惹かれた人がなぜこの場所を選び、通い詰めたのか、その思いの根っこの部分をもっと知りたかったというのは正直な感想だ。

それでも、謝さんにとってスピティがかけがえのない場所だということは、この本から十二分に伝わってくる。あとがきにも書かれていたけれど、東京のような街で暮らしていても、遠い彼方にもう一つの大切な場所の存在を感じられるというのは、とても幸せなことだなと思う。

見たことのない場所へ

今年の夏も、しばらく日本を離れることにした。もっと先かと思っていたら、カレンダーを見ると、あと三週間ほど。あっという間だな‥‥。

今年の主な目的地は、ラダックのようで、ラダックではない。最初に入るのはレーだけど、たぶん、二週間ちょっとくらいしかいないだろう。その後は、ひさしぶりに自分でもわくわくするような冒険を考えている。もっとも、その冒険に必要なもろもろの手配がうまくいけば、の話だが。最初の二週間は、主にその準備に費やすことになるだろう。

まだ見たことのない場所へ。その先には、以前訪れて心惹かれた、懐かしい谷間の風景がある。そう思うと、心がザワザワする。行けるといいな。

腹が減っては

取材のため、午前中に家を出る。下りの中央線に乗り、西国分寺で武蔵野線に乗り換え、さらに東武東上線に乗り換えて、川越へ。あたりに広がる、田んぼと畑。えらいところまで来たもんだ。

今日は二件の取材が入っていたのだが、間の空き時間が中途半端だったせいで、おひるを食べ損ねてしまった。二つめの取材を終えて電車に乗る頃には、もうふらふら。完全にエネルギー切れ。腹が減っては‥‥というやつだな。

都心に戻り、八重洲にある和風ダイニングの店へ向かう。以前、デリーでさんざんお世話になったご夫妻と、その友人の方との会食。いやー、おいしかった。びっくりした。エネルギーが枯渇してたから、余計においしく感じたのかも。

ひさしぶりに会った方々と、ラダックやらパキスタンやらアフガニスタンやら、濃〜い話ができて愉しかった。それぞれ夏には計画があるので、帰国したら報告会をやりましょう、という話に(笑)。心地よい時間だった。