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年間スケジュール

昨日今日と、割と家でゆったり過ごしている。今休んでおかないと、この先もたないような気がして(苦笑)。

夕方、コーヒー豆の補充をしに、まほろば珈琲店さんへ。「陽の出てる時間がだいぶ長くなりましたねえ」と言われ、そういえばそうだなと気づく。隣のこいけ菓子店さんでショートブレッドを買った時は、「これからバレンタインで忙しくなりそうで」と言われる。もうそんな季節か……ついこの間、正月になったばかりと思ってたのに。

今年から週イチペースでWeb連載を担当するようになったので、毎週どんなテーマの記事を作っていくかをいろいろ検討している。今の段階で、夏はもちろん、11月くらいまでを見越してスケジュールを組んでおかないと、とてもじゃないがやりくりできない。他にもいろんな仕事が絡んでくるし。そんな状況で年間スケジュールを組んでいると、年の瀬感というか、早くも2016年が終わってしまったような気分になる。

まだ1月だというのに……でも、きっと、あっという間なんだろうな。

比較対象外

今の自分の仕事に関して、別の誰かの仕事と比較された経験が、ほとんどない。

そもそも、編集とライティングに写真まで、三足もの草鞋を履く人は今でも稀だ。その上、一番の専門分野がインドの山奥。比べようにも対象となるような仕事の仕方をしてる人が誰もいない、というのが実際のところだ。

文章も写真も編集力も、どれも取り立てて人より秀でてるわけではない。せいぜい並の能力だと自覚している。でも、争う相手が誰もいない場所で、並の能力をあれこれやりくりしていけば、僕みたいなのでも、どうにかこうにか生き残っていける。狙ってこうなったわけではないけれど、結果的に選ぶべくして選んだ道だったのかなと思う。

誰かと無理に争わなくても、自分自身との戦いにさえ勝てば、やっていける場所はいくらでもある。

初の沖縄へ

来月中旬、取材の仕事で、沖縄に行くことになった。今年最初の取材旅行は、意外にも国内からスタートする。

さらに意外に思われるかもしれないが、僕自身にとっても初の沖縄エリア訪問なのだ。現地では一般のご家庭に民泊させていただく予定。今の段階では土地勘も予備知識もまったくないのだが、逆にそれが楽しみでもある。もちろん仕事なので、出発までにある程度の下調べはするけれど。

思えばここしばらく、いろんな意味でエクストリームな場所にばかり行かされていたので、冬ののどかな沖縄を訪ねるというのは、何だかとてもほっとする。別にエクストリームな取材を専門にしてるわけではないと主張しても、なかなか信じてもらえない昨今なので(苦笑)、なおさら。

新鮮な発見や出会いがあることを期待しつつも、まずは目の前に立ちふさがる仕事の山を何とかせねば。

暗示とブルーライト

昨日完成して受け取ってきたメガネは、ブルーライトカット仕様のレンズにした。最近話題のやつである。

自宅にいる時は、仕事だったり、ただのだらけた時間だったり、いずれにしてもかなりの時間をパソコンのモニタの前で過ごしている。もともとド近眼だし、特に目が疲れるような感覚もなかった(というか、目が疲れてるのか脳みそが疲れてるのか、疲れてる時は原因がすごく曖昧……)のだが、まあ最近そういう効果のあるレンズがあるなら、つけてみて実際に効果があれば儲け物だと思って、発注してみた。

で、今日はこのメガネをかけて一日中机に向かっているが……疲労軽減の効果はあるのかないのか、正直、まったくわからない(笑)。たぶん、そんな文字通り目に見えるような変化は出てこないんじゃないかな。「これをかけてれば疲れにくくなる」という自己暗示のレベルでの差じゃないかと思う。

ちなみに、街の灯りがとても綺麗に見えるかどうかもわからない。古っ。寒っ。

「プロ意識」の基準

「プロ意識」という言葉には、職人や専門職の人たちが持つその分野ならではの考えという意味合いがあるが、最近では比較的一般的な職業の人たちでも、担当領域で持つべき意識という感じで使われている印象がある。僕自身は、もともと編集者でありライターであり、最近は写真もやっているが、いずれもプロ意識なるものを持ってなければ食べていくこともままならない立場なので、自分なりに意識してきた基準めいたものはある。

それは、自分自身の担当領域に対する「責任」と、他人の担当領域に対する「敬意」、そして何か判断を下さなければならない時の「論理性」だ。

自分の担当領域への「責任」というのは、当たり前すぎるように思えるかもしれないけど、それがどのような結果をもたらすかを見通した上で責任を持てるような取り組みをするには、結構な覚悟がいる。結果というのは必ずしも経済的な数字だけとは限らないので、なおさらだ。

同時に、他人の担当領域に対して「敬意」を持つことも大事だと思う。これは他に問題があってもナアナアの馴れ合いでスルーしていいということではない。きちんと敬意を持って接し、互いに理解に努めた上で、問題があればフォローし合う関係を築けなければ、まともなチームワークは期待できないからだ。

その上で、仕事を進めていく上で何らかの判断を下さなければならない時は、好きとか嫌いとか他人との関係とか、そういうものには左右されず、「論理性」を持つ根拠に基づいて判断できるようでなければならない、と思う。

まあでも、仕事の種類にもよるけれど、関わる人が増えれば増えるほど、理想通りに仕事に取り組むのは難しくなっていくんだよな……。かといって、そこで「プロ意識」を譲って妥協してしまうのは、絶対にしてはいけないことだとも思う。たとえ立場的にやせ我慢だとしても、どれだけ矜持を保っていられるのかは、プロであるか否かの基準だ。