今年も九月下旬から約四週間、取材でタイを旅してきた。訪れた街は去年とおおむね同じだったのだが、通常のリサーチ取材に加えて、グラビアで使う写真の撮影のノルマもあって、なかなか大変だった。のんびり気楽に自分の好きな写真を撮るような余裕はほとんどなかったのだが、取材の合間に、あるいは取材の一環として撮った写真の一部を、何枚かここに載せてみようと思う。
最初の写真は、チェンラーイの街で土曜の夜に催される、サタデーマーケットにて。
今年も九月下旬から約四週間、取材でタイを旅してきた。訪れた街は去年とおおむね同じだったのだが、通常のリサーチ取材に加えて、グラビアで使う写真の撮影のノルマもあって、なかなか大変だった。のんびり気楽に自分の好きな写真を撮るような余裕はほとんどなかったのだが、取材の合間に、あるいは取材の一環として撮った写真の一部を、何枚かここに載せてみようと思う。
最初の写真は、チェンラーイの街で土曜の夜に催される、サタデーマーケットにて。
ついこの間、アラスカから戻ってきたと思ったら、明日はもう、タイへ出発。去年とほぼ同じ、約四週間の取材。
昨日と今日、あらかじめ準備しておいたチェックリストを見ながら荷造りをしていたのだが、アラスカの時と比べて、あまりにも荷物が少ないので笑ってしまう。たぶん、3分の1かそれ以下。向こうではほぼTシャツと短パン、サンダルだけで過ごすので、服がとても少ない。寝袋もいらないし、もちろんテントもマットレスも、フリーズドライの食料もいらない(笑)。一番重いのは撮影機材だが、アラスカでは重要だったヘビー級の望遠ズームは持って行かないので、ずっとましだ。
とはいえ、いろいろと予測不可能なことが起こりやすいのは、アラスカよりも断然タイだと思う。去年の取材である程度各地の土地勘はあるけれど、体調管理も含め、油断しないようにせねば。
帰国は10月23日(木)の予定。ではまた。
編集者という仕事に求められるいくつかの役割のうち、たぶん一番大切なのは、人と人とをつなぐ役割なのではないかと思う。
たとえば、一人の作家が小説を書いたとすると、編集者は彼を、デザイナーやイラストレーター、校閲担当者、印刷担当者、書店員、そして読者と、彼自身の作品を通じてさまざまな人とつなげていくための役割を担う。著者が複数名の場合や、雑誌などの編集者の場合は、もっと多くの人々とのつながりを担うことになる。
しばらく前のことになるが、何人かの友達と飲んでいた時、そのうちの一人に「ヤマタカさんがいなかったら、僕らがこうして会って飲んだりするようにもならなかったんですよね」と言われた。確かに、その時の彼らと僕は、それぞれ取材を通じて知り合って友達になり、それで彼ら同士もつながっていったのだった。僕自身は、普段はまったく社交的ではなくて、どちらかというと一人でふらふら旅でもしてるのが性に合う方なんだけど。
先日上梓した「撮り・旅! 地球を撮り歩く旅人たち」の制作で、僕は一人の編集者として、その人と人とをつなぐという役割を、文字通りめいっぱい要求されることになった。何しろ、大半の写真家の方々は、名前は知っていても会ったことはなく、用意できる謝礼も相場よりずっと少ない。僕にできたのは、すべての事情をありのままに伝えて、自分自身の暑苦しいくらいの思いを真正面から届けることでしかなかった。
でも、たぶんそれは、正しかったのだと思う。たくさんの人のつながりから生まれてきた、一冊の本。それは、きっと幸せな本だと思う。
旅の支度は、荷造りだけではない。留守にする家の方でも、割と計画的に、いろいろ準備しておく必要がある。ある程度の長旅になれば、なおさら。
まず、家にある保存食以外の食料を減らす。米や、野菜など冷蔵庫にあるもの。生ゴミは絶対残らないように回収日をぬかりなくチェック。洗濯物やベッドシーツも汚れたものができるだけ残らないように、天気予報を睨みつつ、洗って干すタイミングを図る。要は、いろんなものができるだけ残らないようにしておくということか。
それでも、家に残しておいた方がいいのは‥‥ビールを一缶か二缶、かな。旅を終えて、空港から家まで疲れ切って帰ってくると、途中でビールを買って帰るのを結構忘れてしまう。へろへろの状態でまたコンビニまで出かけるのもしんどいし。今回も、ばっちり残るように計算済み。
本の価値というものは、当たり前だが、単純な尺度では測れない。何十万部も売れているベストセラーよりも、500部しか刷られていない私家版の詩集に心を深く揺り動かされることだってある。本から感じ取ることは、人それぞれ。本と本の間には、たぶん、勝ち負けなんてない。
ただ、作り手の側にとっては、勝ち負けを感じることもあるかもしれない。
たとえば、出版社から「あの会社のあの本が売れてるから、ああいう感じのやつを作ってくださいよ」と言われてしまった時。内容であれ、デザインであれ、他社の売れてる本のアイデアをパクるのは、どんな事情があるにせよ、作り手としては恥ずべき行為だ。たとえそれなりに売れたとしても、最初にパクってしまった段階で、その本はとても不幸な負い目を背負ってしまう。その時点で、決定的に負けだ。
そういう本はやっぱり、世の中に出すべきではないと、僕は思う。何よりも、その本と、それを手にしてしまった読者がかわいそうだ。