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旅装を解く

昨日の夜、アラスカからシアトル経由で日本に戻ってきた。ワンダーレイクで吹雪に見舞われたこと以外、特にトラブルらしいトラブルにも遭わず(雪が降るのも想定内だったし)、僕にしては至極順調な旅だった。

家に戻って、写真のバックアップだけは何よりも先にやらねばならないので、クラクラして寝落ちしそうになりながらも、どうにか昨日のうちに終わらせた。それから10時間くらい前後不覚に寝て、今朝は割と元気になったのだけれど、旅の荷物を整理してしまわなければならないのが、とにかくものすごくめんどくさい。洗濯物もたんまりあるし、テントも汚れを落としておかなければならないし。

ていうか、二週間後にはまた荷造りをして、タイに行かなければならないというのが、何ともせわしないなあという感じである。

準備万端

朝起きて、出発前の最後の洗濯。ベッドシーツなどを一気に洗うが、外はあいにくの雨。仕方ないので、近所のコインランドリーの乾燥機に頼る。

午後は、持って行く荷物をリストを見ながらもう一度チェックし直そうと思っていたのだが、タイ取材についてのメール打ち合わせに思った以上に時間を取られ、なかなか取りかかれず。とはいえ、やらないわけにはいかないので、打ち合わせ後にあたふたと荷物をダッフルバッグから出してチェックしてまた詰め直し、撮影機材も防湿庫から取り出して、カメラバッグに慎重に詰めていく。よし。どうにか、準備万端整った。

夜はリトスタで、最後の晩餐。鶏の唐揚げなどを心おきなくぱくつき、デザートにブルーベリーパウンドケーキを食べていて、はたと気づいた。アラスカでは、見渡すかぎりブルーベリーの灌木が生い茂るツンドラで、キャンプを張ることになるのだった。

さて、どんな旅になるのかな。わからないからこそ、それが愉しい。いってきます。

留守の準備

旅の支度は、荷造りだけではない。留守にする家の方でも、割と計画的に、いろいろ準備しておく必要がある。ある程度の長旅になれば、なおさら。

まず、家にある保存食以外の食料を減らす。米や、野菜など冷蔵庫にあるもの。生ゴミは絶対残らないように回収日をぬかりなくチェック。洗濯物やベッドシーツも汚れたものができるだけ残らないように、天気予報を睨みつつ、洗って干すタイミングを図る。要は、いろんなものができるだけ残らないようにしておくということか。

それでも、家に残しておいた方がいいのは‥‥ビールを一缶か二缶、かな。旅を終えて、空港から家まで疲れ切って帰ってくると、途中でビールを買って帰るのを結構忘れてしまう。へろへろの状態でまたコンビニまで出かけるのもしんどいし。今回も、ばっちり残るように計算済み。

大荷物

今度の金曜日には、成田からアラスカに出発する。そろそろ荷造りを始めなければならない。

今回は、テントやマットレス、厳寒期用の寝袋(以前チャダルで使ったもの)、それなりの防寒着などに加え、約9日間分の食糧にクッカーやカトラリーなども加わるので、いつもラダックに行く時に使っている古いミレーのバックパックでは到底容量が足りない。そこで、グレゴリーの容量95リットルのダッフルバッグ(バックパックのように背負うこともできる)を調達したのだが、試しに一通り詰めてみると、フリーズドライ中心の食糧が無駄にかさばって、どうしても全部収まらない。食糧は折り畳み式のトートバッグに別途まとめることにした。

メインのダッフルバッグ、食糧のトートバッグ、そしてカメラや望遠レンズなどを収めたショルダーバッグ。試しに全部背負ってみると、ずしっ、と両脚に重みを感じた。まるで重力が何倍かになったみたいだ。山小屋にビールやジュースのケースを担いで登る強力さんたちの苦労が、ほんのちょっとだけわかる気がした。

こんな、夜逃げするみたいな大荷物を担いで、僕はいったい、何をやらかそうっていうんだろうね(苦笑)。

八方尾根にて

happo
二泊三日の日程で、安曇野で実家の人間たちと会ってきた。本来は妹の一家もほぼ全員来る予定だったのだが、台風の影響で姪っ子のブラスバンド部の発表会が順延されて日程がかぶってしまったので、結局、安曇野まで来たのは母と甥っ子1号だけだった。

両親の監視もなく、ライバル(?)の姉と弟もおらず、母と僕に甘え放題の自由を謳歌できるはずだった甥っ子1号だが、安曇野に到着したとたん、成長痛なのか何なのか、朝になると「あしがいたい、おなかがいたい」とぐずぐず泣き出す。昼を過ぎるとある程度痛みはひくようなのだが、翌朝になるとまた同じ状態のくりかえし。本人がやりたいと言っていた僕とのキャッチボールやサッカーも、結局できずじまいだった。

滞在二日目の朝、母はそんなパワーダウン状態の1号と僕を車に乗せ、白馬連峰の八方尾根まで連れていった。ゴンドラを三つ乗り継いで八方池山荘まで上がり、そこから片道1時間ちょっと歩いて八方池まで行くというのが母のプラン。でもゴンドラを降りた後、1号は明らかに気が進まなさそうだったので、「歩きたいの、歩きたくないの、どっち?」と聞くと、「あるきたくない」と。それなら仕方ない。そのままゴンドラで引き返すことにした。

昔、姪っ子が小学校低学年だった頃、僕の父と母と一緒に八方池まで歩いて往復したと聞かされた1号は、くやしそうに「ねーちゃんはリュックをしょってなかったからじゃ。ぼくもリュックなしであしがいたくなかったら、らくしょうじゃ」と言っていた。そんな僕たち三人の頭上を、ふわり、とパラグライダーに乗った人が舞い上がっていった。