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「ピクー」

Piku2015年春にインドで公開され、日本では10月のIFFJで上映された映画「ピクー」。僕は毎年10月はタイ取材で日本にいないため、IFFJにも行けなくて、ぐぬぬ、とくやしがっていたのだが、なんとこの年末年始、キネカ大森がIFFJで紹介された作品をいくつか上映してくれるというではないか。千載一遇のチャンスとばかり、どうにか仕事の都合をつけて、観に行ってきた。

デリーで建築家としてバリバリ働くピクーは、同居する父のバシュコルの気難しさが悩みの種。彼は異様なまでに自分の健康と便秘を気にかけ、周囲の人々には歯に衣着せず、きつい言葉を言い放つ。一方のピクーも父親譲りのかんしゃく持ちで、朝から晩までバシュコルといがみ合い続けている。そんな風変わりな父娘が、かつて住んでいたコルカタの実家まで、タクシー会社社長のラーナーの運転する車で旅することになった……。

インド映画界の大御所アミターブ・バッチャンとディーピカー・パードゥコーン、イルファーン・カーン。芸達者の3人の演技が見事に噛み合っていて、観ていて本当に楽しかった。特にバシュコルとピクーはどちらも相当エキセントリックで振り切れた役柄で、台詞もよくこんな脚本が書けたなと感心するくらいぶっ飛んだ内容なのだが、それでいて微妙な感情の起伏や思いの移り変わりもちょっとした部分でうまく捉えていて、それがじわじわと心に沁みてくる。

ディーピカーが誰かと車に乗って旅をするロード・ムービーといえば、同じく今年のIFFJで上映された「ファニーを探して」もそういう話なのだが、個人的には「ピクー」の方が圧倒的に面白かったし、心に残る場面が多かった。今年観た映画の中でも5本の指に入ると思う。日本語字幕付き(でないととても台詞を追い切れない)で大きなスクリーンで上映してくれて、本当に感謝。

スピティの映像の再放送のお知らせ

2015年11月23日(月祝)夜にTBSで放映された「テレビ未来遺産 地球絶景ミステリー」。この番組の中で放映されたスピティの映像が、2016年1月1日(金祝)元旦の朝5時から、内容を一部変更して再放映されることになりました。番組名は「謹賀新年! 一生一度は見てみたい 世界のふしぎ絶景10」。先日の放送を見逃した方や、もう一度見てみたいという方は、ご覧になっていただけるとうれしいです。よろしくお願いします。

「書く」ということ

部屋で仕事。来年出す予定の本に収録するための原稿を書く。

しばらく前から準備していたこの原稿は、今年取り組んだ中でも、自分にとって一番大切な文章だ。今年だけじゃなく、ここ数年の間でも一番大切かもしれない。どんな文章にするかというイメージは、ずっと前から自分の中で思い描いていて、かなり具体的な形になっていた。でも、なかなか書きはじめられないでいた。少し怖かったのかもしれない。慎重に言葉を選び、自分の気持ちに重ね合わせ、これか、いや違う、と逡巡をくりかえしていた。

でも今日、その文章……たった3000文字ちょっとの長さだけれど、それを最後まで書き終えることができた。書いている間、自分でもびっくりするほどの集中力で、ありったけの気持ちを注ぎ込み、一文字ごとにもがきながら、必死になってキーボードを叩いていた。自分の中に魂みたいなものがあるとしたら、今日一日で、ごっそり削れてしまっただろうと思う。

そうしたら、本当に最後の数行の部分で、自分でも思っていなかったような言葉……たった六文字の言葉が、すっと浮かんできたのだ。その六文字が入ることで、すべてがぴったりと重なり合う。これで書ける、とようやく確信することができた。最後の一行まで書き終え、最初から読み直した時、バカみたいだけれど、ちょっと涙が出そうになった。

「書く」というのは、たぶん、こういうことなのだ。だから僕は、この仕事を続けているのだと思う。

しあわせな時間

昨日は昼の間に、写真展を3カ所ハシゴ。かくたみほさん、角田明子さん、そして吉田亮人さん。三者三様、見応えがあって、楽しかったし、勉強にもなった。

そして夕方からは、最近恒例になりつつある、綱島ポイントウェザーでの持ち寄り忘年会へ。今年の盛り上がりは過去最高だったのではないかと思う。関健作さんはブータンのエマダツィ(唐辛子のチーズ煮込み)を作ってきてくれたし、角田明子さんは娘さんとその場で餃子を包んで、カセットコンロとフライパンで次から次へと焼いてくれた。他の方々が持ってきてくれた料理やお酒も大充実。本当にごちそうさまでした。

誰もが知ってる写真家の方から、亀時間に泊まってたというアメリカ人男性まで(笑)、ものすごく幅広い顔ぶれが集まったのだが、お互い初対面という方も少なくなかったのに、びっくりするくらいみなさん和気あいあいと楽しそうで、とてもしあわせな時間だったなと思う。よかった。楽しかった。またやりたい(笑)。

旅の本、冬の時代

旅の本が、売れていない。書店の旅行関連コーナーに行っても、平積みされている新刊の点数が明らかに少ない。各社でシリーズ化されている旅行ガイドブックも軒並み低調だそうで、コスト的に改訂のメドが立たないものまであるという。

そもそも、海外旅行業界全体が思わしくない状況のようだ。長引く円安傾向に加え、混迷を極める中東の政情不安は、テロという形で欧米諸国にも波及している。地震などの自然災害や、少し前のエボラ出血熱の流行など、マイナス要因を挙げはじめたらきりがない。プラスになりそうな要因は、原油安による燃油サーチャージの低下くらいだろうか。今、日本からの旅行先で安定して人気なのは、台湾だけではないかと思う。その証拠に、台湾関連の本や雑誌、ムックの刊行点数だけが、最近飛び抜けて多い。

こういう状況になると、しばらく前からいつのまにか「トラベルライター&フォトグラファー」みたいなレッテルを貼られている(苦笑)僕のような人間は、やっぱり困る。僕自身は別に旅だけを専門にしてるわけではなく、今も旅とはまったく関係ない本を編集していたりするのだが、個人的に大切にしている企画のいくつかが旅にまつわる本であることは間違いないので、こういう旅行書の冬の時代の到来はきつい。

新しい旅の本の企画書を作っても、出版社では今、前にも増してなかなか相手にしてもらえない。多くの出版社が望むのは、とにかく確実に売上が見込める本。斬新なアイデアは敬遠される。だから、他社の売れ筋企画を臆面もなくパクった本が次々と出てしまったり、同じ地域についての本ばかりが妙に増えてしまったりする。本が売れないから、出版社が用意する予算はどんどん少なくなり、それにつれて品質も下がっていく。

そんな冬の時代に、僕のような人間には、何ができるのだろう?

この仕事をしている以上、常に心のどこかで、カキーンと逆転満塁ホームランを放つためのアイデアを考え続けてはいる。でも、その確率はあまり高くないし、たとえ打てたとしても、実際はそれほど潤沢に報われるわけでもない。

それよりもたぶん大事なのは、逆転満塁ホームランとは別に、本当の意味で自分が大切にしているもの、作りたいと思える本のアイデアを、ぶれずに心の中で持ち続けることなのだと思う。仕事をどうにかこうにかやりくりして持ちこたえながら、チャンスが訪れるのを、息を潜めて虎視眈々と待ち続けるしかないのだ。

‥‥ほんと、バイトでもしようかな(苦笑)。でも、もうしばらく、がんばろう。作りたい本を、作るために。