Tag: Travel

次の本へ

四月下旬に『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』を雷鳥社から刊行したばかりだが、来年、別の出版社から、ラダックとその周辺についての新しい本を出すことが決まった。

本の企画を提出したのは四月、サンプル原稿を提出したのは五月だったから、決まるまでちょっと時間がかかったのだが、どうにか。具体的な刊行時期は、来年のうちに、という程度のおぼろげな状態。昨今のコロナ禍の影響で、どこの出版社も刊行スケジュールがいろいろ変更になっていて、てんやわんやなのだそうだ。それでもまあ、このご時世に、出版社から書き下ろしの新刊を出せることになったというだけでも、ありがたいことではある。

この本のために必要な材料はほぼ手元に揃っているので、これから半年くらいの間は、ひたすら家に籠もって原稿を書くことになる。考えてみると、去年の後半とほぼ同じ図式である。ただ、去年は十月に恒例のタイ取材が入ったことで執筆スケジュールが相当厳しかったのだが、今の状況だと、海外取材の仕事は来年春くらいまで入ってこないだろう。直近の収入源が減るのは確かに痛いが、その分、新刊の執筆に集中できると割り切って、ポジティブシンキングで取り組んでいこうと思う。

ああでも、楽しみだなあ。また一冊、本を作ることができる。今度もせいいっぱい頑張って、良い本にしよう。

———

川内有緒著・中川彰撮影『バウルを探して〈完全版〉』読了。ベンガルの吟遊詩人バウルを追ってバングラデシュを旅した紀行で、七年前に刊行されたものが約100ページの写真とともに生まれ変わった。武田百合子の『犬が星見た ロシア旅行』をほんのり思い起こさせる軽やかな(でも時々ドライな)文体で、自分自身の内面を手探りしながらの旅の様子が誠実に描かれている。初版の刊行直前に亡くなった中川さんがフィルムで遺した旅の写真と、その中川さんに宛てて書かれた川内さんの「手紙」が、刊行から月日を経たこの本を、文字通りの「完全版」にしている。作られるべくして作られた一冊だったのだな、と思う。

腐海の記憶

ようやく梅雨が明けたと思ったら、いきなり夏が本気でぶん殴ってきたような暑さである。

さっき、駅前の本屋とスーパーに行くために外に出たら、明らかに体温越えの熱風が。気温だけなら、今の時期のデリーやバンコクよりも暑い。コロナ禍がなかったら、今年はこんな酷暑の中でオリンピックのマラソンとかが開催されてたのだ。来年、本気でやるつもりなんだろうか。たぶんそれまでにコロナ禍が収束せずに中止になるだろうけど。

例年のこの時期、僕はたいていインドのラダックあたりにいて、標高3500メートルの涼気の中で過ごしていた。自分自身は快適だったのだが、留守の間に閉め切っていた三鷹のマンションの部屋は、帰国してみるとひどいことになっていた。一言で言うと、腐海、というか……。体温越えの気温と湿気の中で1、2カ月も部屋を閉め切っていると、革製品やら何やら部屋中の至るところに、カビやら何やらわけのわからないものが繁茂するのである(怖)。一昨年から二人暮らしに移行して西荻窪に引っ越して以降は、その恐怖から免れられるようになったのだが。

あの腐海の光景を味わうのは、もう金輪際、御免被りたい。ナウシカのような広い心には、なれそうにない(笑)。

今は旅に出られなくても

「今年、旅に出られなくて、つらくないですか? 禁断症状、出てないですか?」的なことを最近よく聞かれる。普段は1年のうち3、4カ月を海外で過ごしている身だし、そう思われるのも無理はない。

実のところ、自分でも意外だったのだが、旅に出られなくても、特にしんどくはない。コロナ禍でそれなりに不自由はあるけれど、東京での日々の暮らしを、淡々と過ごせている気がする。

理由はいくつかある。ここ10年ほどの間に、旅の動機が取材やガイド業といった仕事にすっかり移行していて、純粋な気晴らしやレジャー目的で旅に出ることがほぼなくなっていたこと。今の時点で、「冬の旅」の時の取材のように重要な取材の予定は特になかったということ、など。海外に行けないなら、まあ東京にいるしかないよね、しゃーない、と、割とあっさり受け入れているように思う。

取材で海外に行けなかったり、国内での取材仕事にもコロナ禍で影響が出ていたりで、本来あったはずの収入も目減りはしているが、去年の取材仕事の報酬や先日出した本の印税などもささやかながら入ったし、二人暮らしの今は固定費もそこまで嵩まないので、当面はまあ、何とかやっていける。今の状況がさらに長引く可能性もあるので、その場合の対策はしておく必要はあるけれど。

厳寒期のザンスカールやルンナクで過ごした日々を思えば、今の方が、よっぽど楽だ(笑)。いつかまた、旅に出られるようになる時に備えて、今できることを、ゆっくり、あれこれ、準備しておこうと思う。

旅に出るのは、今じゃない

今年の夏は、ずっと東京の自宅で過ごすことになりそうだ。来週の4連休も、お盆休みも、帰省や旅行をする予定はない。東京にコロナ禍の第二波が襲来している今、迂闊に旅行で動き回ると、行く先々で接する人々に思わぬ迷惑をかけかねない。普通に考えれば、ごく当たり前のことだ。

政府が春先から1.7兆円もの巨費を計上してゴリ押ししてきたGo To Travelキャンペーンは、大勢の人々の移動による感染拡大のリスクを伴う明らかな悪手で、愚策以外の何物でもない。僕は一応、添乗員の資格も持っているので、派遣会社とかに登録すれば、日本国内のグループツアーの添乗員の仕事もできるのだが、今は頼まれたとしてもやりたくない。たとえば、ツアーのお客さんに発熱などの体調不良を訴える方が出たら、どう対処すればいいのだろう? その人だけ病院に預ければ済む話ではない。万全の感染防止対策を取りながらツアーを催行するというのは、少なくとも今の段階では、恐ろしく難しいと思う。地方の観光地にしたところで、苦し紛れに観光客を受け入れて、その中に混じっていた無症状の感染者から感染が拡大したら、それによって被るダメージの方がはるかに大きい。連れて行く側も受け入れる側も、今はリスクが高すぎる。

苦境に陥っている旅行業界を支えるのであれば、人の移動という感染拡大のリスクをできるだけ伴わない方策を、最初から検討すべきだった。直接的な給付金であったり、感染収束後に使える宿泊クーポンなどを先払い購入する際の支援など、方法はたくさんあったはずだ。だが、一部の大手企業が甘い汁を吸えるようにという与党の目論見が、すべての判断を誤らせることになってしまった。

旅は、旅をする者が現地で誰にも迷惑をかけずにすむような状況がちゃんと整っていてこそ、楽しめるものだし、価値のあるものだと思う。旅に出るのは、今じゃない。それによって困る業界の人々がいるのなら、感染拡大のリスクを伴わない形で支える方法を、全員で真剣に考えるべきだと思う。

たぶん二年後

2020年は、1月の初めに台湾に行ったのが、最初で最後の海外滞在になってしまいそうだ。いつもだと、夏にインド、秋にはタイと、何だかんだで年に3カ月は海外で過ごすのだが、今年はどちらも訪れるのは難しいと思う。夏の終わりには個人で計画したアラスカでの取材も予定していたが、これもたぶん無理だろう(思い切って再来年に航空券をリスケしようと思っている)。

タイとの間ではビジネス目的の人を中心に少しずつ移動が緩和されていくようだが、インドは今も日に1万5000人ものペースで新型コロナ感染者が増え続けていて、かなり厳しい状況だ。

今後、国と国との間の移動規制が緩くなったとしても、各国の観光関連の受け入れ体制がすぐに復旧するとはとても思えない。そういう状況下では、ガイドブックのための取材も当然成り立たない。

じゃあ、来年は復旧するのかというと、それもかなり怪しいと思う。ワクチンのような根本的な解決策が普及しないかぎり、以前のように海外旅行が気軽にできるような状況にはならないだろう。それまでは航空券などの値段も吊り上がるだろうし、宿やレストランや商店、旅行会社なども、廃業に追い込まれるところが増えるだろう。海外旅行は高嶺の花という時代がしばらく続くことになりそうだ。

たぶん二年後、かな。コロナ禍が落ち着いて、国と国との間を誰もが普通に行き来できるようになるのは。それまで持ちこたえられるように、今後の仕事の計画をあらためて練り直そうと思う。