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パスポートのオンライン更新

手持ちのパスポートの有効期間が残り一年を切った。今日から、新仕様のパスポートの受付が始まったので、さっそく申請してみた。

今回は、マイナンバーカードとマイナポータルを使うオンライン申請に挑戦。極端にわかりにくい場面はなかったが、洗練されているともあまり言い難く、いったい何度マイナカードを読み取らせるんだ、という感じのまどろこっしさはあった。あと、古いパスポートのICチップからiPhoneでデータを読み取る時、何度もエラーが出た。正直、半分あきらめかけたのだが、パソコンの近くや金属製の机の上とかだとエラーが出やすいらしい。木製の机の上に移動して再トライしたら、何度目かにどうにか成功した。顔写真のデータと署名の画像データは、あらかじめ所定の仕様で準備してスマホに入れておくと断然スムーズだと思う。

ともあれ、これでまた十年、新たにパスポートを使い続けることになった。僕はあと何度、パスポートを更新することになるだろうか。二回? いや、一回かも。何かの大病を患えば、このパスポートが最後になる可能性もある。自分には、そういう感じのカウントダウンが始まってるのだな、とあらためて自覚した。

『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』

『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』
文・写真:山本高樹
価格:本体2200円+税
発行:雷鳥社
A5変形判 256ページ(カラー84ページ)
ISBN 978-4-8441-3813-6
配本:2025年4月23日

書き下ろしの長編紀行としては、『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』以来、5年ぶりとなる作品を、まもなく上梓します。タイトルは『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』。インド北部の辺境の地、スピティで、野生の雪豹の撮影に取り組んだ日々の記録です。

全世界でも8000頭に満たない数しかおらず、険しい山岳地帯に生息しているため目撃することすら困難なことから「幻の動物」とも呼ばれている、野生の大型肉食獣、雪豹。ふとしたきっかけと成り行きから、彼らの撮影に取り組むことになった僕は、厳寒期のスピティで生きる雪豹をはじめとする野生の動物たちや、彼らの傍で暮らすスピティの人々と、ひと冬をともに過ごしました。その日々の中で僕が目にしたのは、写真だけでは到底伝え切ることができないほど、稀有で生々しく、そしてかけがえのない光景でした。

標高4200メートルの極寒の高地で、巡り巡る命を、見つめ続けた日々の物語。一人でも多くの方のもとに届くことを願っています。

まっしろな砂漠の果てに

今年の春頃から書き続けていた、新しい本の草稿を、昨日、最後まで書き終えることができた。

一冊の本を書くことは、誰も歩いたことのない、まっしろな砂漠の只中を、一人で歩き続けていくのに似ている気がする。そこには道も、足跡もなく、どこをどう進んでいくのかは、すべて自分で決めなければならない。書きはじめる前に、計画(プロット)はあらかじめ入念に考えてはいるけれど、いざ始めてみると、計画通りに進まないこともよくある。あまりにも長い時間、その本のことをずっと考え続けているので、しまいには、それが本当に面白いのかどうか、自分ではわからなくなってしまう。

前に書いてきた本では、一番最後の数行にどんな文章を書くか、あらかじめ決めていたことがほとんどだった。でも今回の本では、最後の章までの大まかな構成を考えておいただけで、どんな文章で締めるのかは、あえて決めないまま、書き続けていた。まっしろな砂漠を歩きながら、どこで歩き終えるのかを、自分の感覚で見定めたかったのだと思う。

その最後の文章は、思いがけないほど、すんなりと現れた。自分の中から捻り出して書いたというより、しぜんと目の前に舞い降りてきたような文章になった。それでもまだ、この本がほかの誰かにとって面白いものになっているかどうか、自信はまったく持てないのだけれど。

この後は、いったん冷却期間を置いて、じっくり読み返してから、推敲とリライトに着手。年明けからは、本格的な編集作業が始まる。頑張らねば。やらねば。

アラスカのマクドナルドで

この間のアラスカ取材で拠点にしていたのは、ケチカンという街だった。南東アラスカの入り組んだフィヨルドの只中にある人口8000人ほどの街で、ほかの街と陸路ではつながっておらず、漁港と水産加工、あとはクルーズ船の寄港地として知られている。

クルーズ船が接岸するあたりが街でもっともにぎやかな地域で、たくさんの土産物屋やレストラン、酒場などが集まっているのだが、その一帯以外は、どこもさびれていると言っていいほど閑散としている。寂しい街だな、というのが、ケチカンに対する僕の印象だった。

僕が泊まっていた安ホテル(といっても円安の影響でかなり高い)は、街の中心から2キロほど離れた場所にあった。すぐ近くにセーフウェイという大きなスーパーといくつかのテナントが入ったビルがあり、マクドナルドもそこに入っていた。そのあたりにはほかに手頃なレストランも見当たらなかったし、食費を節約する必要もあったので、僕はほぼ毎日、マクドナルドで晩飯を食べていた。それでも、普通のクォーターパウンダーのセットメニューが2000円もするので、青息吐息の心境だったが。

街外れのさびれた雰囲気を反映するかのように、そのマクドナルドの店内にはいつも、どことなく物悲しい空気が漂っていた。毎日通っていると、いろんな人を見かけた。

ある日は、隣の席で、二人の若い男がそれぞれノートPCを開いて、動画の編集作業に取り組んでいた。なぜわかったかというと、一方の男が、常にスピーカーオンの状態で、自分たちで撮ったらしい動画をけたたましく再生させていたからだ。その男は動画を何度も再生させたり止めたりしながら、「な、これウケるよな! めっちゃおもろいな! な! な!」と一人笑いながら、ひっきりなしにもう一方の男に話しかけていたのだが、もう一方の男はずっと、まったく口を開かずに、黙々と作業を続けていた。

別のある日には、レジの前で、恰幅のいい白髪の白人の男が、同じくらいの体格の黒人の男に対して、急にキレて、怒鳴り散らしはじめた。ものすごい大声で「お前は……レイシストだ! このレイシストめ! ○○○○! ××××!」と叫んでいる。黒人の男は、ただただ困惑していた。それはそうだろう。店内の誰もが、状況を理解できずにいた。

マクドナルドのレジには、白髪に眼鏡をかけた、痩身の老人が座っていることが多かった。最近はほとんどの人がタッチパネルの機械で注文するので、レジでの店員の役割はカードや現金の受け渡しくらいなのだが。たまに、外の駐車場にいる客に商品の入った紙袋を届けに行ったりする時、その老人はふらふらした足取りで店内を横切り、外に出かけていた。あの年齢で、この小さな街のマクドナルドで働くのには、何かわけがあるのだろうか。

何も特別なことは起こらなかったけれど、あのマクドナルドで目にした光景は、ある意味、アラスカで暮らしている人々のありのままの日常だったのかな、と思う。

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ツェリン・ヤンキー『花と夢』『チベット女性詩集 現代チベットを代表する7人、27選』、ともに読了。前者は、やむにやまれぬ理由で故郷を離れ、ラサのナイトクラブで身を削って働く四人の女性の悲しい物語。後者は、チベットの女性詩人たちがチベット語で書いた現代詩を厳選し、コラムとともに編んだ詩集。この二冊を併せて読むと、現代のチベットとチベット人、特に女性たちの置かれている状況がよく理解できる。もちろん、文学作品としてもどちらも素晴らしい本で、星泉先生が訳した『花と夢』は第61回日本翻訳文化賞受賞、海老原志穂先生が訳した『チベット女性詩集』は第60回日本翻訳文化賞翻訳特別賞を受賞している。チベットに興味のある人にはおすすめの二冊。

「ソング・オブ・アース」


ノルウェーの女性映画監督、マルグレート・オリンが手がけたドキュメンタリー映画「ソング・オブ・アース」を観た。ノルウェーの著名な女優リヴ・ウルマンと、ヴィム・ヴェンダースが製作総指揮を担当している。

映画の舞台は、ノルウェー西部のオルデダーレン渓谷。巨大な氷河の突端から始まる渓谷は長さ20キロにわたり、オルデン村のノールフィヨルドで海に達する。この辺境の地は、マルグレート・オリン監督の故郷であり、年老いた両親が今も暮らしている。カメラは一年を通じて、オルデダーレン渓谷の春夏秋冬の移ろいと生きとし生けるもの、そして父と母の姿を追いかけていく。説明的なナレーションはなく、両親の独白がぽつぽつと差し込まれるだけ。オルデダーレンの自然が織りなす壮大な風景そのものが、何よりも雄弁に観客に語りかけてくる。

土地は違えど、自分がラダックやアラスカで目にしてきた光景と、時に驚くほどよく似た映像が織り込まれていて、自然への憧憬と畏怖の思いがあらためて甦ってきた。寡黙だが、いつのまにか、心がすーっと惹き込まれてしまう映画だった。