早朝から、豊洲にある某大学キャンパスへ向かう。昨日と同じ案件の取材。昨日は三件、今日は五件。目が回りそうなほど忙しい。
二件目の取材が終わったところで、構内にある学食、もといカフェテリアに潜入。定食にどんぶりに麺類と、びっくりするくらいたくさんのメニューがある。生姜焼と鶏唐揚の定食を注文し、大勢の学生さんたちの間をぬって、しれっと席について、もぐもぐ。なかなかおいしい。最近の学生さんは恵まれてるなあ。
カフェテリアにいる間、とりあえず、学生のふりをしてみたのだが‥‥やっぱ無理があるか(笑)。
早朝から、豊洲にある某大学キャンパスへ向かう。昨日と同じ案件の取材。昨日は三件、今日は五件。目が回りそうなほど忙しい。
二件目の取材が終わったところで、構内にある学食、もといカフェテリアに潜入。定食にどんぶりに麺類と、びっくりするくらいたくさんのメニューがある。生姜焼と鶏唐揚の定食を注文し、大勢の学生さんたちの間をぬって、しれっと席について、もぐもぐ。なかなかおいしい。最近の学生さんは恵まれてるなあ。
カフェテリアにいる間、とりあえず、学生のふりをしてみたのだが‥‥やっぱ無理があるか(笑)。
午後、東京国立近代美術館で開催中の、ジャクソン・ポロック展を観に行く。噂に違わぬ、すごい迫力の作品群。全体の構成や、随所に添えられた解説もわかりやすくて、とてもいい展覧会だった。
ポロックといえば、流れる塗料を画面に流し込むように描く「ポーリング」という技法を使ったダイナミックな作風で有名だが、彼がその技法を使っていたのが1947年から50年頃までのごくわずかな間だったことは、今回の展覧会で初めて知った。ピカソをはじめとする同時代の画家たちの巨大な壁を乗り越えようと悪戦苦闘を繰り返し、ついに辿り着いた、彼ならではの作風。そのまま同じ技法を使い続けていれば、もっと長い間、世間からの喝采を浴び続けられていたのではないかと思う。
でも彼は、その作風をあっさり捨て、さらに新しい技法への挑戦を始める。その挑戦は世間では受け入れられず、失意と苦悩の中で酒に溺れたポロックは、飲酒運転中に起こした交通事故によって、44歳の若さでこの世を去った。
全盛期を築いた作風を捨てたポロックの選択は、愚かなことだったのか? 彼はただ、一人の画家として、表現者として、自分自身に正直なだけだったのではないだろうか? 世間の評価など関係なく、自分が描きたいものを描く。彼の生涯は悲しい結末を迎えてしまったけれど、栄光からの凋落を怖れないその勇気は、素晴らしいな、と僕は思う。
朝早くから家を出て、尾山台にある大学で取材を二件。一件目が終わった後、構内の学食でおひるを食べる。学食で食事をするなんて、何年ぶりだろう。‥‥思い出せない(苦笑)。
僕が大学に通ってた頃、母校の古い校舎の一階には、とにかく安いけどそれ以外に長所を見つけにくい(笑)メニューを揃えた生協の学食があった。確かあれは、ミルクホールと呼ばれてたんじゃなかったかな。
そう思ってググってみると、母校のキャンパスにはものすごく豪華な学食が新設され、件のミルクホールはこじゃれたベーカリーショップに変わっていた。いいもん食ってるんだなあ、最近の学生さんは。
僕の学生時代は、正直、いい思い出を見つけることが難しいくらいの蹉跌の日々だった。ただ、そこで鬱屈したパワーを溜め込んだことが、その後社会に出てからのさらに苛酷な日々を乗り越える原動力になった気もする。
まあでも、もし、もう一度学生時代に戻れるとしたら、普通に遊びたいな。せめて人並みに(笑)。
欲しいCDが何枚か見つかったので、ひさしぶりに店に買いに行くことにした。最近は、アマゾンのアフィリエイト収入として送られてくるギフト券でオンライン購入することがほとんどだったので、かなり新鮮。
出かけたのは、某大手CD量販店。入口から中に入って感じたのは‥‥「あれ?」という違和感。昔はこういう店に入ると、すべてが鮮やかにきらきらと輝いていて、ぶらつきながら棚を眺めてるだけで、不思議にわくわくしたものだった。でも今は、そこかしこに貼られているパネルなどの宣材も、安っぽいというか、色褪せているというか、そこまで気を配る時間もお金もないという感じ。手描きのポップも、すっかり古びてしまってるものが多い印象だった。あくまで個人的な印象だが‥‥苦しいんだろうな、音楽業界も。
だからというわけではないけど、今日は高めのCDを二枚、大人買い。ちょっとは貢献できたかな。音楽のない人生なんて、考えられないし。