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費やした時間

昼、買い物などのため、都心へ。途中で六本木に寄り、今日が最終日だった星野道夫さんの写真展「アラスカ 悠久の時を旅する」を見る。

星野さんのアラスカでの取材の足跡を追う形で展示されていた写真の数々は、写真集で見慣れたものもあれば、未公開のものもあったが、どれも富士フイルム謹製の美しい大型パネルにされていて、見応えがあった。カリブーの大群、雪上を彷徨う狼、夜空を紅に染めるオーロラ。見ていて頭をよぎったのは、星野さんがこの一枚々々の写真を撮るのに費やした、膨大な時間のことだった。

たとえば、ムースの交尾の場面の写真には「これを撮るために五年待ち続けた」といったキャプションがさらりと添えられていた。他の写真も、ちょこっと出かけてささっと撮ってこれたようなものは、一枚もない。執念‥‥というのとは、ちょっと違うと思う。あの、とてつもない広がりを持つアラスカの自然と向き合うには、そんな風にしてじっくり時間をかけていくのが、一番いいやり方なのだ、きっと。

僕もいつか戻りたいな、あの高い空の下に。

辿り着いたその先で

昨夜は、パタゴニア東京ゲートシティ大崎店で、冬のラダックをテーマにしたスライドトークイベントに登壇した。ただでさえマイナーなラダックという地域の、しかも観光客がほとんど訪れない冬の話をするという、ターゲットが狭いにもほどがある(笑)イベントだったにもかかわらず、定員を上回る85名もの方々が来場してくださるという、まさかの展開。どうなることかと思ったが、関係者の方々のサポートもあって、何とかやりきった。モエツキタ。シロイハイニナッタ。

トークの中でも皆の注目を集めていたのは、やっぱりチャダルの話と写真だった。凍結した川の上を歩いて旅するという世界でも他に類を見ない冒険だから、当然といえば当然なのかもしれない。ただ、あの時の僕が、凍った川の上を歩くことそのものよりも遥かに心惹かれたのは、つらい道程を歩き続けて辿り着いたその先で出会った、冬のザンスカールで暮らす人々の姿だった。

今までもこれからも、僕が取り組むのは、頂に登ったり、困難な道程を制覇したりすることではない。そんな厄介なことは他の人にお任せする(笑)。僕は、辿り着いたその先で、目にしたもの、出会った人々のことを伝える。それが自分の果たすべき役割だと思っている。

作らずにはいられない本

午後、電車で都心へ。今日はとある出版社で、新しい本の企画のプレゼン。

次に作ろうと考えている本は、出すまでのハードルがかなり高い。企画自体の内容云々より、それが属するジャンル自体が「売れにくい」ので、出版社から敬遠されがちなのだ。企画を提案する側としても、バーッと派手に売れる企画だとは言いにくい。そもそも、この仕事のプロとして、自分でも売れるかどうかわからない企画を提案するのは、間違っているのかもしれない。

しかし、それでも‥‥。

「この本は、出すこと自体に意味があると思うんです‥‥」

話の途中、僕は思わずそう口走ってしまった。すると、出版社の担当の方々は、口を揃えてこう言った。

「‥‥それは当然ですよ!」

何というか、そのひとことで、僕はとても救われた気持になった。売れる、売れないとは別のところで、作りたい、作らずにはいられない本がある。それを追い求めるのは、けっして間違ってはいないのだと。

これからどうなるか、まだ何もわからないけど、がんばろうと思う。

秋桜

今日はオフ。昼はインド富士でブリカレーとハートランドビールを堪能。その後、昭和記念公園まで行って、うららかな陽射しの下、ぶらぶら歩く。原っぱの近くではいろんな種類のコスモスが満開。ごついカメラと三脚を抱えた人も大勢いたが、僕はとりあえずiPhoneでパチリ。

コスモスのことを秋桜と呼ぶのって、何かイイな。

鶴の群れ

キャンプ・デナリに滞在していた時、一人のガイドと親しくなった。彼の名はフリッツ。スイス人である彼は、二十年前にこの地にやってきて、ガイドとして働くようになった。家族は、国立公園の入口でB&Bを経営している。とても気さくな人で、日本人で一人だけストレニアス・グループでのトレッキングに参加していた僕に、「いいぞ、タカ! どんどん歩け! ゴーゴー!」と声をかけて焚き付けたりしていた。

ある日、「ポトラッチ」キャビンでの夕食の時、向かいの席にいたフリッツが僕に訊いた。

「タカ、君は何の仕事をしているんだ?」
「写真を撮ったり、文章を書いたりして、それを本にする仕事をしてるんだよ」
「そうか、フォトグラファーか。僕も一人、日本のフォトグラファーを知ってる。ミチオだ。ミチオは素晴らしいフォトグラファーだった。デナリで撮影していた時、彼はよくこのキャンプ・デナリに遊びに来ていたんだよ」

その時、クァ、クァ、という鳴き声が、遠くから幾重にも重なり合うようにして聴こえてきた。何だろう? みんな席を立って、「ポトラッチ」の外に出る。灰色の空の彼方から、隊列を組んだ鳥のシルエットが近づいてくる。鶴だ。それも、十羽や二十羽どころではない。次から次へと隊列が集まってきて、キャンプ・デナリの真上で渦を巻くように、どんどん大きな群れになっていく。数百羽? いや、千羽以上はいたのではないだろうか。

「サンドヒル・クレーンだ。南の山脈が悪天候で越えられなくて、ねぐらを探してここに集まってきたんだろう。こんな大きな群れを見たのは、二十年ぶりだ‥‥」フリッツが呟いた。

ミチオ‥‥星野道夫さんも、原野で一人でキャンプを張っていた時、こんな鶴の群れを、じっと見上げたりしていたのだろうか。千羽を超える鶴たちは、クァ、クァ、と寂しげに鳴き交わしながら、やがて、北の稜線の彼方に消えた。