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僕は教えられない

この間、とある団体から、写真講座のイベントに登壇してほしい、という打診があった。昨今のコロナ禍と先方の都合とで、結局見送りになったのだが、そういう打診を受けたのをきっかけに、自分が写真あるいは文章を人に教えるとしたら……と考えてみると、いや、自分には無理じゃないか、という思いばかりが強くなった。

文章も写真も、僕は人に教わったという経験がほとんどない。あっちこっちで拾い集めた手がかりを頼りに、試行錯誤して、たくさん失敗して、ほんの時々成功して、経験の引き出しを一つずつ増やしてきた。で、今、思い返してみると、自分が文章や写真である程度納得できる成果を出せた時は、たいてい「何にも考えてない」。ただただ、ひたすら、対象に集中して、必死に、撮って、書いて、形にしていた。今まで蓄えてきた経験の引き出しは、たぶん無意識のうちに途中で開け閉めしてるとは思うのだが、何がどう役立ったのか、ふりかえっても、ほとんど覚えていない。

こんなていたらくなので、僕は、文章や写真を教えられない。だって、さすがに「何にも考えずに撮って(書いて)ください」とは言えない(苦笑)。

「フォトジェニックな絶景の写真の撮り方」とか、「心を揺さぶる文章の書き方」とか、そういうテクニックは最近、世の中でもかなり整理されてきている。それに従えば、計算づくでも、それなりのものは形にできる。そのうち、AIやドローンでも計算づくでかなりのものが作れるようになるだろう。

でも、少なくとも、僕が無様にもがきながら目指しているものは、そういう「計算づくの成果」とは対極のところにある。感動しやすいようにわかりやすく整えられた文章や写真には、正直、まったく興味がない。

だから、僕は教えられない。

ただただ、それしか

良い文章を書きたい。良い写真を撮りたい。良い本を作りたい。

取材や執筆、編集の仕事に取り組む時、僕は今までずっと、そんな風に自分自身に言い聞かせるようにしながら、対象と向き合ってきたように思う。少しでも良いものを作ることを目指すのは、プロとして果たすべき当然の責務だ、と思っていた。

でも、この間上梓した『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、別だった。取材の間も、原稿を書いている間も、編集作業の間でさえ、「良いものを作らなければ」という意識は、ほとんど持っていなかったように思う。

あの冬の旅で、目の前で起こる出来事の一つひとつを、ありのままに、捉え、記録し、伝えよう。ただただ、それしか、考えていなかった。映える写真を撮ろうとか、上手い文章を書こうとか、1ミリも考えていなかった。本当に心の底から伝えたいと思える出来事を伝えるために、ただただ、無心で、全力を振り絞り続けた。

考えてみたら「良いものを作る」というのは、プロなら当たり前のことで、意識するまでもなく脊髄反射的にできなければならない作業なのだ。それよりも大切なのは、対象に対して完全に集中して、ありのままに伝えること。少なくとも僕にとっては、それが一番大切にすべきことなのだと思う。

この歳になって、ようやく、一冊の本で、それをまっとうにやり遂げることができたような気がする。

旅の終わり、旅の始まり

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』、本日校了。デザイナーさんと編集者さん、印刷会社の担当者さんが、最後の最後までこだわって、データ一式を仕上げてくれた。この後、印刷、製本、配送を経て、4月末には、書店の店頭やネット書店で発売されることになる。

長い旅だったなあ、と思う。去年の1月上旬に渡印して、約4週間、真冬のザンスカールを旅して。3月に帰国して、国内の仕事に復帰してからも、ずっと心ここにあらずという感じで、あの冬の旅についてどんな風にして言葉を刻んでいくか、そのことばかりを考えていた。原稿を書き続けていた日々も、編集作業に没頭していた日々も、僕にとってはずっと、あの冬の旅の続きだった。

その旅も、ようやく、終わった。これからは、完成した一冊々々の本が、一人ひとりの読者の元に届いて、それぞれの旅を始める。どんな風に受け取られるのか、緊張するし、怖くもあるけれど、でもやっぱり、楽しみで仕方がない。

緊急事態宣言なるものが発令され、各地の書店でも短縮営業や臨時休業が相次いでいる現状は、本の売上にもマイナスに作用するだろう。ただ、実のところ、僕はあまり悲観も心配もしていない。『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、これから20年、30年経ってからでもしっかり読んでもらえるような、持続性と耐久力のある内容にしている。たぶん、僕の残りの寿命よりも、ずっと長生きするだろう。だから、届くべき人の元には、いつか必ず届いて、それぞれの旅を紐解いてくれる。そう信じている。

『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ
文・写真:山本高樹
価格:本体1800円+税
発行:雷鳥社
A5変形判288ページ(カラー77ページ)
ISBN978-4-8441-3765-8
配本:2020年4月下旬

書き下ろしの旅行記としては約11年ぶりに、新刊を上梓します。インド北部、ヒマラヤの西外れに位置するチベット文化圏、ザンスカール地方を、真冬に旅した時の記録です。

凍結した川の上に現れる幻の道チャダルを辿り、雪崩の頻発する豪雪地帯ルンナク渓谷を抜け、最深部にある僧院、プクタル・ゴンパで真冬に催されるグストル祭を取材しました。約4週間に及ぶ旅の中で、起こった出来事、出会った人々、一つひとつのエピソードを克明に綴っています。

この本に書き記した内容は、もしかすると、あと10年もしないうちに、ザンスカールからすっかり失われてしまうかもしれません。それでも、いや、だからこそ、この本を作っておきたい、と僕は強く思いました。この本が、一人でも多くの読者の方のもとに届くことを願っています。

「地球の歩き方インド 2020〜2021」

新型肺炎流行の影響で、日本からインドへの入国が不可能になったばかりというめっちゃ泣けるタイミングですが(苦笑)、「地球の歩き方インド 2020〜2021」が来週末頃から発売されます。

この2020〜2021年版では、制作スタッフの交替を含めて大幅なリニューアルが行われていて、僕は今回から、取材・撮影・執筆・編集スタッフとして参画しています。具体的には、ザンスカールについての巻頭グラビア記事6ページのほか、アムリトサル、シムラー、ダラムサラ、マナリ、キナウル、スピティ、ラダックといった地域のページを担当。写真はもちろん自前ですし、文章も担当範囲内はすべてゼロから書き直して、地図やページレイアウトも再構成しています。

特にラダックやスピティに関しては、拙著「ラダック ザンスカール スピティ[増補改訂版]」ほどの緻密さはないですが、他のガイドブックには負けない情報密度になっていると自負しています。ラダックへのパッケージツアーに持っていく程度の用途であれば、これで十分かと。

この最新版を持って、ぜひインドへ!と言えないご時世なのが、ほんと、何だかなあという感じですが(苦笑)、入国がまた可能になったらすぐ行くぞ!と予習に励みたい方は、お手元に一冊キープしておいていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。