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孤独の意味

「誰もいない原野の真っ只中で、たった一人でいることが、嬉しくて、嬉しくて、仕方なかった」

20年以上前、ある人が、ある人と、ある人について話した言葉。当時、それを耳にした僕は、その意味がまったく理解できなかった。でも、今はたぶん、ほんの少しだけ、その真の意味が理解できるような気がしている。

危険をかえりみずに冒険をしたことを後で人に自慢しようとか、そんな薄っぺらい気持では断じてない。他の人間と関わるのが嫌で一人になりたかったというのとも違う。たった一人で、誰もいない原野にいる。でも、つらくはないし、寂しくもない。完全な孤独の中に身を置くからこそ、理解できる感覚。世界のすべての存在の中で、自分はそのほんの一部分に過ぎないということ。

あの感覚を、人に説明するのは、とても難しい。

森の中の孤独

翻訳できない世界のことば」という本がある、と教えてもらった。世界のいろんな国や地域には、他の言語に翻訳しようと思ってもひとことでは言い表せない、その言語特有の表現がたくさんある。これはそういう世界各国の言葉を集めた本なのだという。本屋の店頭で見かけて、ぱらぱらめくってみると、なるほど、確かに面白い。

ドイツには、「Waldeinsamkeit」という言葉があるそうだ。この本によると「森の中で一人、自然と交流する時の、ゆったりとした孤独感」というニュアンスの言葉なのだという。森の中の孤独。数週間前、南東アラスカの島で過ごした数日間は、「Waldeinsamkeit」だったのだろうか。

あの日々の中で僕が感じていたのは、孤独、という感覚とはちょっと違っていた。無数の命がひっそりと息づく森で、目には見えない関係性のようなものを感じながら、僕は不思議なほど満たされ、穏やかな気持でいた。今まで経験したことのない感覚だった。あれはいったい、何だったのだろう……。

森と氷河と鯨


昨日の午後、予定通りに南東アラスカから日本に戻ってきた。この間のラダックでの滞在に比べれば、期間も半分だし、あっという間だった気もするのだが、ラダックから戻ってきた時以上に、浦島感というか、周囲の環境にうまく馴染めなくて、ぼーっとしてしまっている。日本に、というより、人間のいる環境に。

南東アラスカでの日々は……短い間に、本当にいろんな出来事があった。誰かに話しても、すぐには信じてもらえないような出来事も。氷河の青い氷。苔の繁茂する深い森。ハクトウワシのまなざし。無邪気にじゃれあうクマ。ボートを取り巻くザトウクジラの群れ……。

あまりにも気高く、美しいものを、僕は、目にしすぎてしまったのかもしれない。

旅というより

夜、来週火曜からのアラスカへの旅の荷造りに、ようやく着手。

今回の目的地は、南東アラスカ。二年前のようにキャンプをするわけではないのでテント関連は不要なのだが、無人島にある丸太小屋に数日間泊まるので、厳寒期用寝袋とマットレス、炊事道具、フリーズドライの食料、海から上陸する際の長靴など、それなりにいろいろ持って行かなければならない。グレゴリーの95リットルのダッフルバッグが、みるみるうちに満杯になっていく。

おまけに撮影機材も、カメラボディ2台にレンズ4本(うち1本は80−400mmという横綱級)という一番大がかりなセットだし、パソコンとハードディスクもあるしで、ダッフルバッグと同時に全部背負ったら鎖骨が砕けそうなレベルである。何というか、旅の準備というより、引っ越しか夜逃げでもするみたいな気分になってきた。

毎度のことながら、アラスカ、いろいろしんどい。

青梅丘陵散策

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ひさしぶりに外で、しかもかなりお気楽に身体を動かそうと思い、青梅駅からすぐの場所にある青梅丘陵ハイキングコースを散策してきた。白いシャガの花々が咲く向こうに、木々の梢に芽吹いた新緑が次第に色濃くなっていくさまが、瑞々しいグラデーションとなって現れていた。澄んだ空気を深く吸い込む。気持いい。

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天気予報では今日は快晴となっていたが、朝から晩まで、あいにくの薄曇り。暑くなかったので身体は楽だったけど、ひさしぶりにおひさまの光を浴びたかったなというのは、ちょっと贅沢か。青梅丘陵ハイキングコースは平坦で楽に歩ける割に爽快感もあるし、アクセスも楽なので、結構気に入った。途中に休憩所もたくさんあるので、今回はジェットボイルを持参して、休憩所のテーブルで温かい食事を作って食べた。

こんな休日、いつ以来だろう? いいリフレッシュになった。