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読んだ本、観た映画

最近読んだ本や、観た映画の感想を、とりあえず短めにまとめて記録。

マーセル・セロー『極北』
チェルノブイリ近郊で立入禁止区域に残って一人で暮らす女性に著者が出会ったことが、この本の着想のきっかけだったそうだ。今よりも少し未来の、人類の黄昏時の物語。その黄昏時は、僕たちが暮らしている現実の世界にも、着実に忍び寄ってきているように感じる。何百年も先のことではなく、たぶん、もっと近くに。

『ジャッリカットゥ 牛の怒り』
ケーララ州の密林にある小さな村で、食用にするはずの水牛が脱走して大暴れ。水牛を捕まえようと追いかけ回す男たちは、やがて得体の知れない狂気に蝕まれていく。最初は「これ、怪獣映画やん」と思いながら観てたのだが、何のことはない、人間どもの方がよっぽど怪獣じみていた。面白いかと言われると、うーん、どうだろ。観る人を選ぶのは間違いない。

『竜とそばかすの姫』
前作は正直いまいち刺さらなかったのだが、今作は、細田監督の十八番であるサイバーワールドを舞台装置にした物語で、奔放で鮮やかなビジュアルと、主演の中村佳穂さんの歌声の吸引力に、文字通りシビれた。観終わってしばらくして、少し物足りないかも、と思い返したのは、仮想世界「U」の機能やディテールの描写だろうか。ユーザーが匿名のアバターとなって「もう一つの人生」を生きられる場所とされていたが、具体的にそこでどんなことが実現できるのか、もっとアイデアを見せてもよかった気がする。

「オールド・ドッグ」

先日から、東京の岩波ホールを皮切りに始まったチベット映画特集上映「映画で見る現代チベット」。その初日、ペマ・ツェテン監督の「オールド・ドッグ」を観に行った。2011年に東京フィルメックスで話題をさらい、グランプリを獲得した作品だ。

チベットの遊牧民や牧畜民の多くは、牧羊犬を飼っている。だいたいがチベタンマスチフという種類の大型犬で、もこもことした毛並みとどっしりした体格の、迫力のある犬だ。実際、怒らせるととても怖いそうで、人間でも喉笛に噛みつかれたらひとたまりもない。僕も以前、ラダック東部をトレッキングで旅していて、途中で遊牧民のテントに近づいた時、一頭のチベタンマスチフが殺気を帯びたものすごい吠え声で威嚇してきて、めちゃめちゃ怖かったのを憶えている。

そのチベタンマスチフは、2000年代に入ってから急に中国の都市部の富裕層の間で大人気になり、目玉が飛び出るほどの高値で取引されるようになった。辺境の地でチベット人たちが飼っていた犬たちは次々と買い取られ、あるいは盗まれていった。この映画は、その頃のあるチベット人の老人と、彼の飼っていた犬、そして彼の息子と妻の物語だ。

淡々と展開されていくこの物語には、誰もが思いもよらないであろう結末が用意されている。その衝撃は、チベット人である老人が持つ信仰と死生観を重ね合わせて考えると、さらにずしりと重く、どうにもやりきれないものを感じる。でも同時に、その選択は、彼がチベット人であったからこそ選び取った、誇り高き道であったのかもしれない、とも思う。彼の世代を最後に、途絶えてしまうかもしれない道。生い茂る草むらをかきわけて歩いていく老人の背中には、決意と哀しみが満ちていた。

中国の富裕層の間で巻き起こったチベタンマスチフの大ブームは、その後、あっという間にしぼんで消え失せた。あんな大型犬が、都会暮らしになじめるはずがないのだ。

「ミッション・マンガル」

2014年から15年にかけて行われた、インドの火星探査計画、マーズ・オービター・ミッション(MOM)。火星の周回軌道上への探査機の投入の成功例としては、世界で4カ国目、アジアでは初の快挙となったこのプロジェクトは、開始から1年半足らず、総予算は(劇中の台詞によると)わずか40億ルピーで達成された快挙だった。その実話を基にして2019年に制作された映画が、「ミッション・マンガル」(邦題の副題は省略)。年明けから日本でも公開されたので、さっそく観に行ってきた。

配役がとにかく華やか。プロジェクトの統括責任者ラケーシュ役にアクシャイ・クマール。もっとも重要な中核メンバー、タラ役にヴィディヤー・バーラン。他にもソーナークシー・シンハーやタープスィー・パンヌーといった主役級の女優をずらりと揃え、南インド映画界からニティヤー・メーナンまで参加。余談だが、シャルマン・ジョーシーが演じたやたら神頼みをしたがる男パルメーシュワルは、彼が「3 Idiots」で演じたラージューを思い出してしまった(笑)。きっとそういう意図で作られたキャラクターなのだろうな。

この「ミッション・マンガル」、インドでよく作られがちなナショナリズムの発揚を狙った作品であることは否定できないのだが、別の大型プロジェクトで失敗して閑職に追いやられたラケーシュやタラをはじめとする「負け犬」たちが、時間も予算もない中で大逆転劇をもたらしたこと、そしてそれは、大勢の女性科学者たちの知恵と工夫と努力があってこそのものだったということが印象的に描かれていて、観ていても、とてもすっきりとした爽快感があった。まあ、ちょっとSFや宇宙開発に詳しい人が見たら、劇中の描写にはツッコミどころ多数だとは思うのだが、そこはほら、娯楽映画ということで(笑)。

物語全体としても、火星探査プロジェクトの始まりから成功までをスピーディーに描いていて、わかりやすい展開だったとは思う。ただ、全体的に多少冗長になったとしても、豪華な顔ぶれの各キャラクターの描き込みの尺が、それぞれもう少しあってもよかったのでは、とも思った。各キャラクターごとに撮ってはいたけれど、最終的にカットされた場面も多かったのかもしれない。

それにしても、ヴィディヤーは、本当に上手い。今、インド映画界で一番演技が上手いのは、間違いなく彼女だと思う。

「ジガルタンダ」


インディアン・ムービー・ウィーク2020・リターンズで最後に観たのは、タミル映画「ジガルタンダ」。ラジニ様主演「ペーッタ」を手掛けたカールティク・スッバラージが、その前の2014年に作った作品だ。タイトルは、舞台となるマドゥライの街の名物のアイスクリームシェイクの名前だという。

短編映画コンテストのテレビ番組に出場したカールティクは、審査員の一人の映画プロデューサーから長編の劇場公開作を撮らないかと持ちかけられる。プロデューサーの希望はコテコテのギャング映画だが、社会派映画を撮りたいカールティクは、実在のギャングを取材して脚本を作りたいと考え、身の危険を顧みず、マドゥライで最近悪名高いギャング、セードゥの取り巻きへの接近を試みる。しかし……。

上にリンクを張ったYouTubeの予告編動画だと、この作品の真の姿は、たぶんほとんどわからない。特に後半から、文字通り予測不能な超展開に次ぐ超展開が繰り広げられる。南インド特有の情け容赦ないゴリッゴリのギャング映画かと思いきや……いや確かにそういう映画なのだが……残酷さとペーソスとユーモアが入れ替わり立ち替わり現れる中に、恋とか友情とか先人の教えとか、何より、あふれんばかりの映画愛(!)がみなぎっているのだ。あと、ヴィジャイ・セードゥパティのめちゃ贅沢な無駄遣い(笑)。

映画館を出る時、すごいものを観た、すごいものを観た、と、自分でも言語化できない興奮でいっぱいになった。こんな感じの「してやられた感」は、「ヴィクラムとヴェーダー」以来だろうか。いつかまた、日本で再上映の機会があるようだったら、未見の方はぜひ観ておくことをおすすめする。いやほんと、すごいものを観た。

「人生は二度とない」


キネカ大森で開催中のインディアン・ムービー・ウィーク2020・リターンズで一番楽しみにしていたのは、2011年の公開作「人生は二度とない」。リティク・ローシャン、ファルハーン・アクタル、アバイ・デーオールの三人が主演を務め、カトリーナ・カイフやカルキ・ケクランも出るという、スペインを舞台にしたロード・ムービー。監督はファルハーンの姉で後の「ガリー・ボーイ」の監督でもある、ゾーヤー・アクタル。この顔ぶれで面白くないわけがない、と、2021年元旦の映画初めに観に行ったのだった。

親の建設会社に勤めるカビールは、インテリアデザイナーの婚約者ナターシャとの結婚の前に、独身最後の旅行に男友達とスペインへ出かけようと計画する。誘ったのは、学生時代からの二人の親友、ロンドンで株式ディーラーとして仕事漬けの日々を送るアルジュンと、デリーで広告コピーライターをしているちゃらんぽらんなイムラン。些細な喧嘩をしながらも始まった、車でスペインを巡る3週間の旅。それぞれ打ち明けられない悩みや葛藤を密かに抱える3人が、出会い、別れ、経験し、決意したものとは……。

期待通りというか、期待以上に、本当に面白かった。旅という行為のポジティブな面を、全面的に肯定して描いてくれているのが、とても清々しい。スキューバダイビング、スカイダイビング、ブニョールのトマト祭り、パンプローナの牛追い祭りといった大がかりなイベントを組み込み、旅の過程で3人がそれぞれの葛藤を乗り越えて成長していくさまを描いていながら、物語には無理なところも破綻もなく、ある程度のおとぎ話的展開はあれど、とても自然だ。主役の3人をはじめとする登場人物たちも、愛情を込めてコミカルに描き分けられている。今まで、ロード・ムービーはそれなりにたくさん観てきたが、それらの中でも出色の出来だ。

現実の旅なんて、そんな良いことばかりじゃないよ、と言いたくなる人もいるだろうし、その気持ちもとてもよくわかる気もする。でも、この作品に関しては、これでいいんじゃないかな、とも思う。僕自身、旅の中で「こんな経験は人生の中で二度とできない!」という思いを、たくさんさせてもらってきたから。こういうロード・ムービーを観て、「自分も旅に出てみようかな」と思い立つ人がいたとしたら、それはきっと、良い一歩だと思う。