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「雪豹」


2023年5月に急逝したチベット映画の巨匠、ペマ・ツェテン監督。彼の遺作の一つでもある作品「雪豹」が、第36回東京国際映画祭で上映された。折しも新刊の編集作業で多忙な時期で、チケットを入手して観に行くことはあきらめていたのだが、たまたま作業に余裕が生じたタイミングで、東京外語大の星泉先生とこの映画の関係者の方々のご厚意で、映画祭での最終上映にご招待いただき、拝見することができた(本当に有難うございます)。

物語の舞台は、アムド地方に暮らす、ある牧畜民の家。一頭の雪豹が家畜の囲いの中に侵入し、九頭もの羊の喉を噛み切って殺してしまった。一家の長男は激昂し、家畜の損失が補填されなければ、囲いに閉じ込めた雪豹を殺すと役人や警察に息巻く。取材に訪れた地元テレビ局のクルーたち。雪豹法師とあだ名されるほど雪豹の撮影に熱中する、一家の次男。雪豹を巡るさまざまな思惑が入り乱れる中、時空を超えた世界のように織り込まれる、モノクロームの映像。雪豹を、逃すべきか、逃がさないべきか……。

チベットの牧畜民たちにとっては現実でも切実で難しい問題でありながら、劇中でくりひろげられるやりとりはどこか可笑しくて、そして映し出されるアムドの原野の風景は、ため息が出るほど美しい。細かな部分に、さまざまな仕掛けがあるようにも感じる。なぜ雪豹は、自らの餌にするためでなく、九頭もの羊を、ただ喉を噛み切って殺してしまったのか。何か、目的があったのか……。ペマ・ツェテン監督が存命なら、ぜひ訊いてみたかったところだが、残念ながらそれはもう叶わない。

あらためて、監督のご冥福をお祈りします。素晴らしい作品の数々を、有難うございました。

「ランガスタラム」

先週、「K.G.F」の2本の次に観に行ったのが、「ランガスタラム」。「RRR」で日本でも一躍有名になったラーム・チャランが主演を務めた、2018年の作品。これが今、日本で劇場公開される運びになったのも、「RRR」が大ヒットしたからなのは間違いないが、日本でもインド映画人気の裾野が広がったのは、良いことだと思う。

物語の舞台(ランガスタラム)は、1980年代のアーンドラ・プラデーシュ州にある架空の村、ランガスタラム村。電動ポンプで川の水を汲み上げて畑に給水して回ることで生計を立てているチッティ・バーブは、生まれつきの難聴で、音があまりはっきりと聴き取れないのだが、本人も周囲もそのことをたいして気にもせず、日々を快活に過ごしている。一方、村では30年もの間、「プレジデント」と呼ばれ畏れられている村長とその取り巻きが君臨し、彼らによる不可解な借金の取り立てにより、生活できなくなる村人が後を絶たないでいた。村人たちの窮状に心を痛めたチッティ・バーブの兄クマール・バーブは、有力な州議会議員の後押しを得て、村長選挙に立候補する決意を固めるのだが……。

アーンドラ・プラデーシュ州ののどかな田園風景から始まった物語は、思いもよらない方向に流転、反転、暗転していき、衝撃的としか言いようのない結末を迎える。予想よりもはるかに多くの死が(ある意味「K.G.F」よりも克明に)描かれていくし、何より、チッティ・バーブ自身の選んだ道が……。この作品もまた、インド社会における富と権力の極端な偏在と、それらに対するやり場のない怒りがテーマになっている。たとえ、その怒りの行末が、誰も救われようのないものであったとしても。

個人的には、「ラーンジャナー」並に衝撃的な結末と感じたインド映画だった……。

「K.G.F : CHAPTER 1 / CHAPTER 2」

先週、三日連続でインド映画を観に行った。最初の二本は、「K.G.F」の第一章と第二章。同じ日にまとめて観ることもできなくはなかったが、一本あたり三時間もあるし、日を分けた方が頭の中で情報を整理できるのでいい、というアドバイスももらったので。

ボンベイのスラムで生まれ育ったロッキーは、幼い頃に死別した母の言葉を胸に、裏社会で誰もが恐れる無敵の存在としてのし上がっていく。マフィアのボスは、謎多き存在である金鉱「K.G.F」への潜入と支配者の暗殺をロッキーに命じる。K.G.Fの覇権を巡って、国家をも巻き込んだ権謀術数入り乱れる争いが始まる……。

……凄い映画だった。本国で「RRR」よりヒットしたというのも頷ける。ほぼ全編、エグいほどのバイオレンス(「バイオレンス、ライクス、ミー」)で塗りつぶされているが、ロッキーの行動原理自体は、亡き母への思慕と、弱き者たちを虐げる存在への怒りとで満ち満ちている。生まれ育った環境によって、富と権力が極端に偏在し、それらが是正される機会も非常に少ないインド社会(程度の差こそあれ、他の国でも同じだと思うが)において、ロッキーのようにすべてを力づくで薙ぎ倒してぶっ飛ばしてくれるダークヒーローの物語は、常に待望されているものなのかもしれない。

できれば、映画館で観た方がいい作品。未見の方は、他の予定を後回しにしてでも、上映回のあるうちに、ぜひ。

「ブラフマーストラ」

最近のインド映画界では、「RRR」や「KGF」などヒンドゥー語圏以外で作られた作品が大ヒットして注目を集めているが、そんな中で去年、満を持して公開されて手堅くヒットを記録したボリウッド映画「ブラフマーストラ」。日本でも先月公開されたので、仕事の合間を縫って観に行ってきた。

古代から密かに継承されてきた、神々の武器「アストラ」。その中でも最強とされる「ブラフマーストラ」の争奪を巡って、善と悪の運命が交錯してゆく物語。宿命を背負って生まれた主人公シヴァに、ランビール・カプール。彼と運命的な出会いを果たすヒロインのイーシャは、今やランビールの妻でもあるアーリヤー・バット。ほかにも、アミターブ・バッチャンやシャー・ルク・カーンなどの豪華キャストが、それぞれ重要な役割を務めている。特に、序盤に登場するシャー・ルクの見せ場はすごくて、「えっ……主人公?」と思ってしまった(笑)。全編にわたってVFXが多用されているのだが、思いの外クオリティが高くて、違和感がない。

物語自体は、現代社会を舞台に神話的要素を組み込んだ、王道のヒロイック・ファンタジーという趣き。主人公が自身の宿命に目覚め、少しずつ能力をステップアップさせながら敵に立ち向かっていくという構図も、王道。逆に言えば、ある程度先が読めてしまう展開でもあるのだけれど、過去に遡るらしい続編(ディーピカー・パードゥコーンが本格的に登場するらしい。もう一人は……?)の展開は読めない部分もあるので、そのあたりは期待して待ちたい。

「ムンナ兄貴とガンディー」

東京外国語大学で昨日行われたTUFS Cinema南アジア映画特集で、「ムンナ兄貴とガンディー」を観た。ラージクマール・ヒラニ監督による2006年制作の作品で、同監督の出世作「ムンナー・バーイ」シリーズの2作目。主演のムンナ兄貴にサンジャイ・ダッド、ヒロインはヴィディヤ・バーラン。子分のサーキットのアルシャド・ワルシや、憎めないラッキー・シンのボーマン・イラニなどの脇役も芸達者揃い。

ムンバイの筋金入りのヤクザ、ムンナ兄貴は、ラジオDJのジャンヴィ(の声)に夢中。彼女に一目会いたいと、番組が企画したガンディーにまつわるクイズに応募し、ズルい方法(笑)を使って全問正解。念願叶ってジャンヴィと知り合えたものの、ひょんな成り行きでガンディーの知識を身につけなければならなくなったムンナ兄貴は、図書館にこもって彼にまつわる本を読みあさる。すると、目の前に現れたのは……。

この作品、スラップスティックなコメディ映画として実によくできていて、物語の展開も、お約束通りと思わせておいて常にその斜め上をいくので、最後までまったく飽きない。ヤクザ者が主人公なのに、バイオレンスなアクションがほとんどない。にもかかわらず痛快。そしてしんみり考えさせられたり、ほろりと泣かされたり。あまりネタバレしてしまうのもよくないのでこのあたりにしておくが、何なんだろう。すごい物語を観させてもらった気がする。藤井美佳さんによる日本語字幕も素晴らしかった……。

映画を観終えて、建物の外に出た時、何ともいえない爽快さと満たされた気分に浸れるのは、ヒラニ監督の作品に共通する後味だと僕は思っている。