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「本気を出す」ということ

出口の見えない出版不況の今、多くのフリーランスのライターやフォトグラファーにとって、厳しい状況が続いている。そんな中でも、新たにライターやフォトグラファーになりたいという人は世間には結構多いらしい。

たとえばライターでは、ウェブライターとかネットライターとかいう肩書きで、1文字0.5円とかそれ以下という異様に安い報酬で文章を量産している人も少なくないのだとか。報酬はお小遣い以下でも、それでライターを名乗れるのなら、ということなのだろうか。まあ、どんな仕事を選ぶのかは人それぞれだけど、正直言って僕には、1文字0.5円でしか扱われない仕事の積み重ねが、ライターとしての明るい未来につながっているとは到底思えない。そうやってただ無闇に量産されて忘れられていくだけの言葉に、はたしてどれほどの存在価値があるのだろう?

それでも、どうにかして真っ当なライターに、あるいはフォトグラファーになりたいという人は、一度、何らかの形で「本気を出す」べきではないかと思う。仕事の場で実現できるのが一番いいけれど、それが叶わないなら、自分のサイト上とかでも構わない。自分で自分に言い訳ができないくらい、本当の本気で、自分にとって一番大切な物事について文章を書いてみる、あるいは写真を撮ってみる。そうして全身全霊をかけて心血を注いで文章や写真に取り組んで、それを人に見てもらえば、自分自身の実力がどれほどのものかよくわかるし、その時点での自分の欠点も見えてくる。何より、なぜ自分は文章を書きたいのか、あるいはなぜ写真を撮りたいのかがわかってくる。

ライターになりたいからとか、フォトグラファーになりたいからとかではなく、何を書きたいか、何を撮りたいのか、どこかで一度本気を出して、周囲と自分自身に問いかけてみるといいんじゃないかなと思う。

三分の一

昨日で、2015年の三分の一が過ぎ去ってしまった。ついこの間、年が明けたばかりと思っていたのに。

世間的には連休ムードなのに、僕はむしろ普段以上に忙しい。目の前に積み重なってる原稿はもちろん、今月下旬に決まったイベントの準備や、それと連動した夏の企画の告知の準備も。前からずっと続いてる懸案事項もそろそろメドをつけねばだし、新企画も進めなきゃだし、夏のインド取材のもろもろの準備もせねばだし。秋のタイ取材も、来年以降のたくらみも‥‥。

そうこうしてるうちに、次の三分の一も、あっという間に過ぎ去ってしまいそうだ。子供の頃はもっと、時間の過ぎるのがゆっくり感じられたのに。まあ、人生も残り三分の一くらいかもしれないしな。

ストレスとのつきあい方

これも、仕事で書いていた原稿に出てきた話題なのだけれど。

人間という生き物は、生きているかぎり、常に誰かと関わりながら生きていく。原野の中に小屋を建ててたった一人で暮らしていても、自分自身という人間と向き合わなければならない。誰かと関わっていれば、何かしらのストレスは生じる。どんな世界に生きていても、何らかの理由で多かれ少なかれストレスは感じるものだし、それはけっしてゼロになることはないのだという。そしてストレスは、避けようとすればするほど、逆に溜まっていくものでもあるという。

ラダックのようにのどかな場所でも、それは同じだ。確かに日本のように複雑でややこしい仕組みの社会ではないけれど、周り中の誰もが知り合いという狭いコミュニティの中で、変わらない日々を生きていくことにストレスを感じている人は少なからずいると思う。あと、ジャンムーなどラダックの外にある大学に進学したラダック人の若者には、学業に悩んで自殺する人が結構多いのだという。そういう種類のストレスに対する免疫があまりないからかもしれない。

ストレスは、ゼロにするのでも、避けるのでもなく、うまくつきあって、乗り越えていくべきものなのだそうだ。何か原因がありそうなら、それに関わる人たちと話をすれば、意見が一致しないまでも、互いの考え方の違いを知るだけでずいぶん気がラクになったりするという。いきなり大きなハードルを乗り越えようとすると往々にしてしんどいので、まずはほんの小さなハードルでいいから、トライして、乗り越えてみる経験を少しずつ積み重ねていく。そうするとだんだん、自分自身の力でストレスを乗り越えていくことができるようになるのだという。

まあ、世の中、そんなにすんなり乗り越えられることばかりじゃないし、むしろ僕の場合は断崖絶壁ばかりのような気がしないでもないけど(苦笑)、自分なりによじ登る術を身につけねばと思う。

はなさんの歌

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取材先から家に戻る電車の中で、iPhoneでニュースを見ていた時、羊毛とおはなのボーカル、千葉はなさんの訃報を知った。

ぼんやりとした気持のまま、雨の中を歩いて帰り、何かを書かずにはいられない気がして、机の前に坐ってはみたものの、何を書けばいいのか、言葉が見つからない。

羊毛とおはなの音楽に最初に接したのは、リトスタの店内でBGMでかかっていた「LIVE IN LIVING’07」が気になって、CDを買って聴きはじめた時からだと思う。羊毛さんが爪弾くギターに、はなさんの歌声が、深く、高く、遠く、響いて重なる。以来、二人の音楽はいつも、僕にとって、部屋で淹れるコーヒーのようにとても身近な存在として、当たり前のようにそこにあった。穏やかに晴れた日の朝も。冷たい雨に窓ガラスが曇る午後も。

二人は意外なほどうちの近所でたびたびライブをやっていて、僕も吉祥寺のキチムやアムリタ食堂で催されたライブに足を運んだことがある。本当にお互いが手を伸ばせば届くほどの近い距離で、はなさんと羊毛さんのおなじみのゆるい掛け合いに笑いながら、二人の歌に耳を傾けた。2013年10月に銀河劇場で開催された十周年記念ライブでは、出演者には内緒で観客全員に造花が一輪ずつ配られて、終盤のクライマックスでスタッフの合図とともに、みんないっせいにそれを頭上に掲げた。幸せなひとときだった。その時の花は、今も僕の手元にある。

2014年2月に品川のグローリア・チャペルでのライブ(この時の「Hyperballad」は本当に凄かった‥‥)を観た後、しばらくしてから、はなさんが病気療養のためしばらくお休みすると聞いた時も、でも、いつかまたライブに足を運べる日が来るに違いない、次はどこに行こうと、ほとんど何の疑いも持っていなかった。それから一年もしないうちにこんな報せを受け取るとは‥‥。やっぱり言葉が見つからない。

好きな曲はたくさんあるけれど、やっぱり、自分にとって一番しっくりくるのは、この間TOKYO FMの番組に出演した時にも最後にリクエストさせてもらった、「ただいま、おかえり」。歌詞にある通り、旅立つ時にすっと背中を押してもらえる、大切な曲。

はなさんの歌は、これからも、ずっと聴くよ。

番組改編

終日、部屋で仕事。取材が立て込んでくる今の時期、たまにずっと家にいられる日があると、ほっとする。昼下がりの部屋でコーヒーをすすりながら、しばしラジオを聴く。

今日から四月ということで、ラジオも番組改編の時期。今回一番びっくりしたのは、J-WAVEで月曜から木曜までの午後の番組をずっと受け持っていたレイチェル・チャンさんが、日曜のお昼の番組に異動になったことだろう。もうずっと長い間、平日の午後に家で仕事をしている時は、レイチェルさんの声がラジオから聴こえてくるのが当たり前のような感覚になっていたので、ちょっと狼狽(苦笑)。習慣というのは、何気に身に染み付いているものなのだなと思う。

僕自身、以前ゲストとして番組に呼んでいただいたご縁もあるし、今度から日曜でもちょっとだけ早起きして、番組、聴かせていただきます。