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仕事の軸足

仕事でずっと忙しい日々が続くと、きついし、疲れもたまる。でも、いくらきつくても苦にならない忙しさと、負荷はそこそこでも精神的にげんなりする忙しさという違いは、仕事によってある気がする。

それは結局、その仕事に対する自分自身の軸足が、同じ場所に置き続けられるかどうかなのだと思う。取引相手や局面によって、臨機応変に対応を切り替えるとしても、軸足である自分の信条や思い入れがぶれなければ、疲れない。それを実現させるという目的を持てるからだ。でも、自分自身の軸足がぶれて、何のためにこれに取り組んでいるのか見えなくなってしまう、あるいはそうなることを強いられてしまうと、疲れるし、やる気もなくなる。プロとして「やる気出ません」じゃすまされないんだけど、でも、出ないものはしょうがない。

フリーランスとして働いてると、まあ、いろいろあるわけで。でもがんばります。生きてくために。

もの忘れ、甚だし

昨日のエントリーで、自分が年を取ること自体は別に気にしてないと書いたが、現時点でとりあえず困ってるのは、もの忘れ。記憶力の低下がほんとに甚だしい。

何かの作業をやりかけていて、途中で何か別のこと(メールが届いたとか、ラジオで何か気になることを聞いたとか)が意識に挟まると、途端にそれまでやりかけていたことを忘れてしまう。ネットで調べものをしようとしてブラウザを立ち上げ、検索窓にキーワードを入力する前に別の何かに少し気が逸れると、何を調べようとしたのかも忘れてしまう。誰かとしばらく会ってないと、顔と名前が一致しなくなる。たまにテレビで見かける芸能人の名前がさっぱり思い出せない。

……という自分のもの忘れについて、このブログで2年くらい前に書いたこともすっかり忘れてたし、前にも書いたネタだったことを忘れて同じネタを書こうとすることがよくある、と割と最近書いたことすら忘れてた。僕の脳細胞、かなり終わってる。

年を取ること

先日取材でお会いした方が、外見や雰囲気は僕より10歳くらい年下に見えたのに、実際は5歳も年上だったので、びっくりした。体調管理や体型の維持、身だしなみや服の選び方など、かなり周到に取り組まれているらしい。

僕自身も、周囲から年相応に見えないと言われることが割と多いけど、それはどっちかというと威厳とか落ち着きとかがまるでない、ガキっぽい挙動をしてるからだと自覚している(苦笑)。印象が軽いんだよな、実際、僕は……。この間パスポートを切り替えた時、新旧のパスポートの個人情報欄を見比べて、10年前の写真とあまりにも変わり映えしないガキっぽさだったので、自分であきれて笑ってしまった。

個人的には、年を取ることに関して、さほど気にしていないし、怖れてもいない。40代も半ばになれば白髪はそれなりに増えるし、しわもしみも増えるし、体力も落ちてくる。でも、それをうわべで取り繕おうとは思わない。不摂生でだらしないことにはなりたくないけど、普通に生きてて普通に年を取っていくなら、それでいいじゃん、と思う。

カッコイイじいちゃんになりたいな。たぶん、ガキっぽい、軽〜いじいちゃんになるんだろうけど(笑)。

仕事と重圧

終日、部屋で仕事。疲れからか、なかなか身体がしゃんとせず、仕事机に向かっても、あちこちからの連絡に対応したり、細々したことに手こずったりで、やろうと思っていた作業がなかなかはかどらない。気持ばかりが焦って、手が止まり、さらに気持がもやもやする。

いろいろ考えなきゃならないことが、目の前にたくさんありすぎるのだ。

途方にくれた気分になって、メガネを外し、しばらくの間、机に突っ伏す。でも、当然のことながら、何一つ解決しない。起き上がり、メガネをかけ、のろのろとマウスを動かし、再びキーボードを叩く。

単に仕事量が多すぎるだけなら、こんな重圧を感じたりはしない。その中のいくつかの仕事が、自分にとって本当に大切にしなければならない、ほかの人には肩代わりできない仕事だから、こんな風にきつく感じるのだと思う。

でも、それってもしかすると、幸せなことなのかな。そういう重圧に押しつぶされそうになるほど大切に思える仕事に携われるというのは。

比較対象外

今の自分の仕事に関して、別の誰かの仕事と比較された経験が、ほとんどない。

そもそも、編集とライティングに写真まで、三足もの草鞋を履く人は今でも稀だ。その上、一番の専門分野がインドの山奥。比べようにも対象となるような仕事の仕方をしてる人が誰もいない、というのが実際のところだ。

文章も写真も編集力も、どれも取り立てて人より秀でてるわけではない。せいぜい並の能力だと自覚している。でも、争う相手が誰もいない場所で、並の能力をあれこれやりくりしていけば、僕みたいなのでも、どうにかこうにか生き残っていける。狙ってこうなったわけではないけれど、結果的に選ぶべくして選んだ道だったのかなと思う。

誰かと無理に争わなくても、自分自身との戦いにさえ勝てば、やっていける場所はいくらでもある。