すべての人間の死亡率は100パーセントだし、あらゆる生物の死亡率も100パーセントで、地球という惑星が消滅する確率も100パーセント。そしてたぶん、宇宙や時間そのものが消え去ってしまう確率も100パーセント。
ずいぶん昔、子供の頃に、そんな考えが浮かんで、ずっと頭から離れなくなった。今もそうだ。
僕たちは、ほんのまたたきのような、かりそめの時間の中を生きている。与えられたわずかな時間の中で、何かの意味を見つけようと、あがいている。
すべての人間の死亡率は100パーセントだし、あらゆる生物の死亡率も100パーセントで、地球という惑星が消滅する確率も100パーセント。そしてたぶん、宇宙や時間そのものが消え去ってしまう確率も100パーセント。
ずいぶん昔、子供の頃に、そんな考えが浮かんで、ずっと頭から離れなくなった。今もそうだ。
僕たちは、ほんのまたたきのような、かりそめの時間の中を生きている。与えられたわずかな時間の中で、何かの意味を見つけようと、あがいている。
知り合って間もない人から、「ヤマモトさんて、いい人ですよね」というニュアンスのことを言われることがある。ほぼ間違いなく社交辞令だと思うのだが、そんな風に言われた時は「いや、僕は基本的に腹黒いですから」と返すことにしている。
似たようなシチュエーションで、「ヤマモトさんて、すごい冒険をしてらっしゃいますね!」みたいなことを言われることもある。そういう時には「いや、僕は基本的に一人では何にもできない、ヘタレなんですよ」と返すことにしている。
どちらも謙遜でも何でもなく、自分自身、かなり本気でそういう人間だと思っている。基本的に、腹黒くて、ヘタレな男。自分の中にあるどうしようもなく邪な部分、情けない部分を認めてしまうと、何だか楽になれるのだ。
そんな僕は、本当に穏やかで優しい人や、はちきれんばかりの勇気に満ちあふれている人に出会うと、眩しくて目も合わせられない気持になる。けれど僕は、腹黒くてヘタレななりに、どうにかこうにか、しぶとく生き抜いてやろうと、今日も地べたを這いずりながら、あがいている。
昨年秋のキネカ大森での公開時、僕はタイ取材の真っ只中だったので観れないでいた、インドのマラヤーラム語映画「チャーリー」。昨日、ユジク阿佐ヶ谷での上映にようやく行くことができた。
都会で自由気ままに生きるテッサは、親が決めようとした縁談に反発して、コーチンにある古いアパートを借りて、しばらく身を潜めようとする。鍵も壊れているその部屋には、前の住人が置き去りにしたままの家財道具と、無数の奇妙な絵画やスケッチ、写真、オブジェがひしめいていた。チャーリーという名のその持ち主に興味を抱くようになったテッサは、一人、また一人と、彼を知る人物から、まだ会ったこともない彼についての物語を聞くことになる……。
いい映画だった。豪放磊落なのに超がつくほどのおせっかいのチャーリーはぐいぐいと物語を引っ張っていくし、ヒロインのテッサは本当に表情豊かでチャーミング。医師のカーニをはじめ、登場人物の中には心に深い傷を抱えている人も少なくないのだが、それでもみな、前を向いて再び歩き出そうとしている。ケーララ州の美しい風景が、そんな彼らを穏やかに包み込んでいく。
物語は、普通に考えるとありえないような確率での偶然の連鎖でつながっていくように見える。でも、偶然を偶然任せにしているだけでは、きっとあんな風には人と人は出会えないのだ。その人が勇気を持って踏み出す一歩が、偶然を必然に変え、人と人とを結びつけるのだと思う。
観終わった後、みんなで「いい映画だったね!」と笑い合いながら映画館を出られる映画は、間違いなく、いい映画だ。
昔、飲み会の席で「一番好きなラーメンの店は?」という話題になった時、ある人が都心の高級中華料理店を挙げたので、その理由を聞くと、「あの有名俳優のナントカさんの行きつけの店だから」という感じの答えが返ってきた。
その人は、ナントカさんのおすすめコメントをテレビか雑誌で見て、店に足を運んだのかもしれない。きっかけとしては別に悪くないとは思う。ただ、その時の答えはどちらかというと、自分がその高級中華料理店を好きな理由を、ナントカさんの物差しを拝借することで立派に見せようとしているように感じられた。虎の威を借る狐、みたいに。
似たようなことは、僕も、世の中の人も、多かれ少なかれ、やっているのかもしれない。何かを選ぶ時に、人の物差しを参考にする。自信のなさを、人の物差しで補強する。でも、そればっかりでは、つまらなくないだろうか。自分自身の物差しで、好きなもの、嫌いなもの、正しいこと、間違ってること、一つひとつ決めていく方が、絶対に楽しいと思う。最初から確固たる物差しを自分の中に持っている人などいないのだから、試行錯誤しながら少しずつ精度を上げて、その過程を楽しんでいけばいいのに。
友人のラダック人のツェワンさんは、近所の主婦たちが料理を習いに来るほどの料理上手で、特にカレーは絶品なのだが、「好きな料理は?」と聞いたら、「スガキヤの坦々麺は、うまいですよね。あれは、うまい」としみじみ言っていた。それでいいんだと思う。
ここ一週間ほど、平日はほぼずっと家にいる。取り組んでいる作業は、来月下旬から始まる約2カ月間のインド取材の下準備。スケジュールを組みながら、ちまちま、こまごまと、取材項目を整理していく。いつも以上に、微に入り細を穿つことを要求される作業だ。
こういう時期は、生活パターンがしぜんと均一化されてくる。寝床から出ておひるを作り、コーヒーを飲みながら作業して、夕飯を作り、作業の続きをして、日課のエクササイズを終えてから、飲んでいい日はビールを飲み、少し本を読む、とか。これはこれで自分のペースでやれるので心地いいのだけれど、ほぼ同じパターンで毎日を過ごしていると、時間の経つのが妙に早く感じられる。あれ、さっきコーヒー飲んだのに、もう夜? みたいな感じで。
うっかりネット徘徊しかしないまま一日が終わったりしないように(苦笑)、気をつけねば。