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隠遁生活

終日、部屋で原稿を書く。昨日も一昨日も、いや、二カ月前からほぼずっと同じ、まるで隠者のような生活(苦笑)。資料が一面に散らばる机に向かって、毎日、毎日、キーボードを叩き続けている。

大変といえば大変だし、きついといえばきついけど、つらいと感じたことは、今回の本に関してはまだ一度もない。どんなにややこしくて書くのが難しい部分にさしかかっても、心の中はいつも子供みたいにはしゃいでいる。自分が一番好きな場所、一番大切な場所について書いているのだから、どんな苦労も苦労じゃない。ただ、わくわくと楽しくて仕方ない。だから僕の場合、執筆期間というのは、いささか子供じみた隠遁生活なのかもしれない(笑)。

そんな風にして書き続けてきた本の草稿も、あと数ページですべて書き上がる。でもその後はすぐ、推敲、修正、レイアウトと編集。ひと息つく間もなく、戦いはまだまだ続く。

ホロ酔いかげん

昨日は、夕方から都心でジュレーラダックの新年会に顔を出した。十人くらいの人が参加していたが、みなさんたいそうご機嫌で、たくさんお酒を飲んでいた(笑)。僕はビールを五、六杯飲んだ程度だったのだけど、空きっ腹に飲んだので気持よいホロ酔いかげんで、終電の少し前くらいまでワイワイやっていた。

で、自分ではそんなに酔ってなかったつもりだったけど、一次会の店にマフラーを忘れてきてしまったという‥‥。その店、今日電話をかけて確認しようと思ったら定休日だし。やれやれ、明日出向くしかないのかなー。

もうちょっとあったかくなってくれれば、出かけるのも億劫ではなくなるんだけど。

アナログな作業

冷えるなあ。今夜は雪になるのだろうか。

今日は終日、部屋で仕事。昨日の打ち合わせの内容を受けて、地図の制作を依頼するために必要な素材の準備をする。紙の地図を苦労してコピーしたり、グーグルマップの画像をプリントしたりしたものに、掲載したい地名や建物名を、赤ボールペンでちまちまと書き込んでいく。なんというアナログな作業(笑)。

でも、編集の仕事というのは、今でもこうしたアナログな作業に支えられている部分がすごく多い。で、僕個人としては、そういうアナログな作業で処理した方がはるかに効率がいい場面がたくさんある。レイアウトラフ然り、文字校正然り。パソコンだけじゃできないことって、未だにたくさんあるものなのだ。少なくとも、本づくりの世界では。

だから、自分の手を動かしてこういう作業をするのが好きという人は、編集者の素質があるんじゃないかな、と思う。

うかうかしてると

午後、外苑前で打ち合わせ。今書いているラダックのガイドブックについて、デザインフォーマットを検討して細部を詰めたり、収録する地図や、表紙のデザイン案などについて話し合う。

いつもながら思うのは、本づくりは、一人ではできないものなのだな、ということ。各方面のプロの方々の意見を聞いていると、自分だけでは思いもよらなかったアイデアや考え方を提案してもらえる。いい感じで化学反応が起きている手応えを感じた。

このガイドブック、順調に行けば五月頃には発売される見通しなのだが、打ち合わせでゴールデンウイークの頃の進行について話をしていると、何だか気が遠くなった‥‥。ついこの間、2012年が始まったばかりだと思ってたのに、もう半年くらい過ぎちゃった気分(苦笑)。

うかうかしてると、時間を無駄にしてしまう。気合いを入れ直して、がんばらねば。

冒険家にはなれない

三年前に「ラダックの風息」を出して以来、「ヤマタカさんは、冒険家なんですね!」みたいな扱いをされることがよくある。間違いです。僕は、基本的にはヘタレなのだ。

重いカメラバッグを担いで、ラダックやザンスカールの山の中を歩き回ってはいるけれど、それはサポートしてくれる現地人の仲間がいてこそで、自分一人では、サバイバル能力のカケラもない。確かに、今まで何度か危ない目には遭ったが、それは想定外の悪天候などの要素も絡んでいるし、普段はできるだけリスクを冒さないように行動している。

うまく言えないが‥‥「一か八かの困難に挑戦して、それをクリアする」ことを「冒険」と呼ぶのなら、僕はそういう「冒険」を最終目標にする類の人間ではないのだと思う。僕がラダックやザンスカールの山々に分け入るのは、歩いてしか行くことができない場所にある風景や、動物や、人々に会いたいからだ。頂点に辿り着く達成感より、谷間を歩く愉しさを味わっていたいのだと思う。

なので、僕は冒険家にはなれない。