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ざくざく歩く

昼、特に決まった用事もなく、外へ。電車に乗って、都心に向かう。

とりあえず行ってみたのは、神楽坂の文鳥堂書店の跡地にオープンした、かもめブックス。思っていた以上に素敵な雰囲気のお店で、本のセレクトも、思わず棚の前で足を止めて見入ってしまう感じ。いくらでも長居できそうだ。店内でゆっくりコーヒーでも飲んでみたかったのだけど、お客さんが大勢いたので、またの機会に。

途中でたい焼きを買い食いしつつ、いつになく人通りの多い神楽坂を下って、飯田橋から電車に乗り、原宿へ。GAPの前でお姉さんたちが「全品50パーセントオフでーす!」と悲痛な声で叫んでいる。表参道もすごい人出で、それを避けるようにキャットストリートに抜け、いくつかのお店をのぞきながら、渋谷方面へ。渋谷もどえらい人出で、ほとんど逃げるようにして井の頭線に乗り、吉祥寺に戻る。吉祥寺もこれまたすごい人出だったが、晩飯にと行ってみたまめ蔵は奇跡的にまだ空いていて、うまいチキンカレーにありつくことができた。

何か買ったわけでも、何かしたわけでもなく、ただひたすら、人ごみをぬって、ざくざく歩いていた日曜日。ま、いいか。

続・仕事の価値

夕方、仕事中にネットから流れてきたニュースを見て、おや、と思う。とある事件で逮捕されたという人の名前に、かすかな見覚えが。自分のMacに保存しておいたファイルを検索してみると、同じ名前があった。四年ほど前に、ある仕事で依頼されてインタビューをした人だった。

思い返してみると、あの時は、とてもインタビューとはいえない取材だった。約束の時間から3時間以上も会議室で待たされた後、現れたのは本人ではなく助手か何かの人で、その人が資料を見ながらしゃべるのを、本人が語ったかのように記事にしてくれと言われたのだ。遠路はるばる訪ねてきたのに、ずいぶん軽く扱われたもんだなとその時も思ったのだが、さもありなんというべきか。

それでも当時、依頼元はその記事をものにしてたぶん喜んでいたと思うし、僕も原稿料を受け取った。でも、あの仕事に意味があったのかというと、当時の話の内容と、今回の顛末を考え合わせるに、むなしく感じられてしまうのは否めない。もちろん僕にはどうしようもなかったけれど、この世に何の価値も残さない仕事をしてしまった、という気がしてしまう。

仕事って、難しいな、と思う。

灰色の兆し

終日、部屋で仕事。原稿を書こうにもなかなか調子が上がらず、こまごました連絡業務にも振り回されて、自炊する余裕もなく、近所の中華料理屋へ。

いつもよく食べるホイコーローのかけごはんを注文したら、いつのまにか値上がりしてることに気付いた。700円だったのが、750円に。ほかのメニューも軒並み値上げのようだ。消費税やら、急な円安やらに振り回されて、飲食店も大変なのだろう。

牛丼チェーン各社が200円台の牛丼を300円台にするとかで巷ではニュースになっているが、もともと価格競争で安くなりすぎてたものが元に戻っても、まあそんなものかなと思う。でも、なじみのごはん屋さんが、たぶん値上げしたくないのにこらえきれず値上げに踏み切ってるのを見ると、今の状況、これでいいのかと思わなくもない。

経済に限らず、今の日本の社会全体に、どんづまり感が漂っているような気がする。認めたくないものから目をそらし、都合の悪い指摘には耳を塞ぎ、理不尽な強要にも仕方ないとあきらめる。憂さ晴らしに他の国の人々を匿名のネット上で悪罵して、日本の国は美しいなどと持ち上げる記事や本を読み漁って悦に入る。くだらない。

世界から色が失われ、灰色に変わっていく兆しなのだろうか。

ママ友会

昨日の夜は、古民家を改装した静かで感じのいいレストランで、ちょっとぜいたくな晩ごはんを食べた。

たいていのお客さんは黙々と料理に集中して食べていた(つまりそれくらいおいしい)のだが、昨日はひと組、かなりにぎやかなグループがいた。大きなテーブルを囲んでいた女性ばかりのグループで、大きな声で漏れ伝わってくる内容によると、ママ友の方々の集まりらしい。「女子会」と言ってたけど、「ママ友会」の方が合ってるだろう。

とにかくにぎやかだったので(苦笑)、聞こうと思わなくても、いろいろ聞こえてきた。どこそこのナントカ君は少年野球で前途有望だとか。あそこのナントカちゃんはうちの子とああだこうだとか。夫と子供を朝送り出して、家事を一通り片付けても、時間が余ってしょうがないから、ネットでついつい買い物をしてしまうとか。

僕の知り合いにはまずいないタイプの人たちの会話だったので、ある意味新鮮だったのだが、何というか、まあ、世の中にはいろいろあるんだなあと。スケールの差こそあれ、いろんな人が、いろんな場面で、悩んだり、戦ったりしてるのだな。

まあ、それはともかく、もうちょっと周りの空気を読んで、静かにごはんを食べてほしかったな、というのはある(苦笑)。

仕事の価値

仕事というものの価値について考えてみる。世の中にはいろんな職業があるから、一概に言えることではないけど。

いい仕事、価値のある仕事って何だろう? たっぷりと報酬がもらえる仕事? そうとはかぎらない。昔頼まれたある仕事は、確かに報酬はよかったけれど、それをしても世の中に何ももたらさない、ただその依頼主が公的機関から金を吸い取るためだけの仕事だったと知った。あれほど無駄な時間はなかったかもしれない、と今でも思う。

逆に、報酬は正直ちょっぴりだけど、隅々までとても気持よく関わらせてもらえた仕事というのも、時々ある。それは結局、目指しているものの世の中における大切さとか、関わっている人たちの熱意とか、そういうものを感じられるから「やってよかった」と思えるのだろう。

とはいえ、いい仕事には相応の対価が支払われるべきだということも、僕は大切だと常々思っている。いくら熱心に依頼されても、たとえば1文字0.1円で文章を書いてくれと言われたら、断るしかない。そんな依頼をする人は、その仕事の価値や求められる能力をまったくわかっていないからだ。

文章を書く仕事、写真を撮る仕事、本を作る仕事。依頼してくれる人たちと気持が通じ合って、よいものを世の中に届けていけるような仕事に携わりたいな、と思う。