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旅が始まる

そんなこんなで(どんなこんなだ)明日から、約1カ月半、インドに行くことになった。

目的は、来年以降に出すことが決まっている、新しい本を作るための取材。最初にデリー経由でラダックに入って、その後はひたすら、陸路で移動しながら取材をして回る予定。どこもそれなりに土地勘はあるが、新しく開通したばかりのルートも通るし、コロナ禍の影響でいろいろ勝手が変わっていることもあるだろうしで、気は抜けない。

コロナ禍も、日本では第7波が始まっているようだし、インドでも今後どうなるかはわからない。まあ、今やインド国民のほとんどが抗体を持っているらしいという説も、あながち眉唾とも思えないふしもあるが……。用心するに越したことはない。帰国してからも、仕事の予定はいろいろ詰まってるし。

ともあれ、いよいよ、旅が始まる。いってきます。

『旅は旨くて、時々苦い』

『旅は旨くて、時々苦い』
文・写真:山本高樹
価格:本体1200円+税
発行:産業編集センター
B6変型判240ページ(カラー16ページ)
ISBN 978-4-86311-339-8
配本:2022年9月中旬

異国を一人で旅するようになってから、三十年余の日々の中で口にしてきた「味の記憶」を軸糸に綴った二十数篇の旅の断章が、『旅は旨くて、時々苦い』という一冊の本になりました。一部の書店では、特製ポストカード2種1組とセットにして販売されます。ポルべニールブックストアでは、サイン本と特製ポストカードのセットを店頭とWebショップで販売していただく予定です。よろしくお願いします。

「デーヴダース」

キネカ大森に、インド映画「デーヴダース」の最終上映を観に行った。少し前の新宿ピカデリーでの上映回に行きたかったのだが、終映が終電間際の設定になっていて、家族に迷惑をかけてしまうので、予定を変えた。同じ境遇の人が多かったのか、キネカ大森での最終上映は、満席になったらしい。

この作品、20世紀初頭にシャラトチャンドラ・チャテルジーが著した小説が原作で、さまざまな言語で翻訳・出版されたほか、映画化もこれまで20作品ほどなされてきたという。インド人ならほとんどの人が、これがどういう物語で、どのような結末を迎えるのかを知っている。そうした誰もが知る古典的名作を、サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督は、彼ならではの世界観と、緻密に計算し尽くされた映像美によって映画化した。主役のデーヴダースは、シャー・ルク・カーン。彼の幼馴染の恋人パーローは、アイシュワリヤー・ラーイ。失意のデーヴダースを支える娼婦チャンドラムキーは、マードゥリー・ディークシト。公開当時も、そしておそらくこれからも、これ以上のレベルのキャスティングは望めないだろう。

名家の息子に生まれながら、厳格な父親に対する葛藤を抱え、幼馴染との結ばれない恋に苦悩し、酒に溺れていくデーヴダース。想いに反して別の家に嫁ぎながらも、デーヴダースのことが忘れられないパーロー。自ら酒で身を滅ぼしていくデーヴダースのかたわらで、報われない愛情を注ぎ続けるチャンドラムキー。残酷なまでに美しい映像で彩られた物語は、破滅に向かってまっしぐらに突き進んでいき、ほぼ何の救いも残さないまま、幕を下ろす。いや、それとも、何か希望はあったのだろうか。

「カクテル 友情のトライアングル」

今年も始まった、インディアンムービーウィーク2022。僕が最初に観に行ったのは、「カクテル 友情のトライアングル」。監督はホーミー・アダジャーニア。主演はサイフ・アリー・カーン、ディーピカー・パードゥコーン、ダイアナ・ペンティ。10年前に公開された作品だ。

執拗にお見合い結婚を勧める母親から逃れて、ロンドンに引っ越した、システムエンジニアのガウタム。毎夜のパーティー三昧の生活を送るフォトグラファーのヴェロニカ。夫と暮らすためにロンドンに来たら偽装結婚だと告げられ追い出されたミーラ。ふとしたきっかけから同じ部屋で暮らすようになった三人。完璧なバランスに思えた彼らの友情の日々は、やがて、少しずつ変化していき……。

欧州ロケ主体で撮影されたスタイリッシュなラブストーリーは、昔も今もボリウッド映画にたくさんあって、この作品もその系譜に連なるものだ。プリータムによる音楽は華やかだし、序盤のハイテンポでコミカルな展開は観客の期待を裏切らない。ただ、後半のシリアスな展開との落差が結構激しいのと、三人それぞれの内面の変遷を表現する描写がやや足りなくて、唐突に感じられるところもあった。

三人の中では、ディーピカーの演技が見事にハマっていて、圧倒的な存在感を放っていた。「オーム・シャンティ・オーム」でデビューした後、しばらくは演技面で辛口の批評を受けていたそうだが、この「カクテル」で一気にブレークスルーを果たしたという評価も、納得の出来である。企画当初は、ディーピカーがヴェロニカとミーラを一人二役で担当するアイデアもあったそうだ。それはそれで、見てみたかった気もする。

何だかんだで安心して楽しめる、今時のボリウッド作品。よきかな、よきかな。

予定の組み替え

午後、都心の出版社で打ち合わせ。制作中の本について、編集者さんと、あれこれ密談。

今作っている本については、このまま粛々と作業を進めていけば、初夏か晩夏かまだ定まっていないが、いずれにせよ、夏のうちには上梓できると思う。なので、これからしばらくはその作業に没頭するだけなのだが、僕自身には別の懸念事項がある。今年の夏の予定だ。

制作中の本のほかに、別の出版社と、ラダックについての本を作ることが決まっている。その本に必要な取材を今年の夏に実施して、秋以降に執筆に取りかかって、来年の前半くらいに完成できれば……という青写真を描いていた。

でも、最近のコロナ禍の再燃で、夏の海外渡航はすっかり不透明な状況になっている。不可能ではないかもしれないが、渡航のためにいろいろ無理をしなければならないかもしれず、しかも取材先の現地が平穏な状況に戻っている保証もない。正直、今年の夏の渡航は難しいかな、と思っている。

なので、その別の本に関しては、取材と執筆の順序を逆に組み替えようと考えている。先にできる範囲で執筆をしておいて、取材は来年の夏に回し、その成果を反映させて、来年のうちに完成させる、というやり方だ。内容的に先にある程度執筆できる本ではあるので、今はそれがベストな選択肢かなと思っている。

まあ、できる時に、できることを、粛々を進めていくしかないのかなと思う。

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ハワード・ノーマン『ノーザン・ライツ』読了。カナダの北極圏に暮らす少数民族の口承物語を取材していた著者が、自身の少年時代の経験を反映させながら書いた最初の小説作品。中盤から終盤にかけて結構な急展開の連続で、個人的にはそのチェンジオブペースにちょっと驚いてしまったのだが、序盤で描かれた辺境の村クイルの情景と、そこで暮らす人々一人ひとりの描写は本当に緻密で豊かで好ましくて、一冊丸ごとクイルが舞台でもよかったのに、とすら思ってしまった。主人公のノアには、いつかクイルに戻ってほしかった、かも。

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佐々木美佳『タゴール・ソングス』読了。十日ほど前、同書の刊行記念に催された、佐々木さんが監督したドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』上映会&トークイベントに参加して、会場で購入した。映画の字幕でも、この本でも、タゴールの遺した数々の歌を佐々木さんが自ら訳した歌詞が載っているのだが、その言葉選びの一つひとつがとても丁寧で、するっとタゴールの歌の響きに感情を重ねることができた。ある土地や人々に対して、予断を何も持たず、まっさらな気持ちでまっすぐに向き合うのは、ノンフィクションの基本であると同時にもっとも難しいことでもあるが、佐々木さんは、映画でも本でも、そのまっすぐな姿勢にぶれがない方だなあ、と感じた。誠実な映画だったし、誠実な本だと思う。