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「響け! 情熱のムリダンガム」

南インドの伝統的なカルナータカ音楽で用いられる打楽器、ムリダンガム。ジャックフルーツの木をくり抜き、3種類の動物の皮を張った両面太鼓だ。

このムリダンガムを作る職人の息子として生まれた主人公、ピーターは、タミル映画のスター、ヴィジャイの推し活だけに精を出す怠惰な日々を過ごしていた。そんな彼はある日、ひょんなことから、ムリダンガム演奏の巨匠ヴェンブ・アイヤルの演奏を目の当たりにして、衝撃を受ける。ムリダンガム奏者になりたいという夢を抱くようになり、憧れの巨匠に弟子入りを志願するピーター。しかし彼の前には、カーストによる差別や兄弟子の嫌がらせなど、さまざまな壁が立ちはだかる。大きなトラブルに巻き込まれ、師匠から破門されてしまったピーターは、世界に存在する未知のリズムを求め、インド各地を放浪する旅に出る……。

2018年の東京国際映画祭で「世界はリズムで満ちている」という邦題で公開され、今回「響け! 情熱のムリダンガム」という新たなタイトルで劇場公開されることになった、このタミル映画。事前になるべく情報を入れないようにして、公開初日に観に行った。よかった……予想の何倍もよかった……。演奏シーンに不自然なところがまったくないのは、大半を俳優自身が演奏しているからなのだという。言い換えれば、演奏ができる俳優を選んで起用したということだ。主演のG.V.プラカーシュ・クマールは、俳優になる以前からタミル映画界で気鋭の音楽監督だったというから、むべなるかなである。

ピーターが、それまで抱き続けてきたさまざまな思いを秘めながら、一心不乱にムリダンガムを叩き続けるクライマックスの演奏シーンと、その後の師匠との会話は、観ていてグッと胸が熱くなった。あらゆる人におすすめできる良作だと思う。

「ワンペン、ワンチョコレート」について思うこと

以前、「バター茶の味について思い巡らすこと」や「アラスカの無人島で過ごした四日間」などのエッセイを寄稿した金子書房のnoteで、新しいエッセイを書きました。「『ワンペン、ワンチョコレート』について思うこと」という文章です。同社のnoteで展開されている「孤独の理解」という特集のテーマで依頼を受けて、執筆しました。

お時間のある折にでも、読んでみていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

「スーパー30 アーナンド先生の教室」

インドの貧困家庭の若者たちから毎年30人を選抜し、インド工科大学に合格するための教育を無償で1年間提供している私塾、スーパー30。インドでも難関中の難関の大学に、毎年多数の合格者を輩出しているこの私塾の創設者、アーナンド・クマールをモデルにした映画「スーパー30 アーナンド先生の教室」が、日本でも公開されることになった。その初日、新宿ピカデリーへさっそく足を運んでみた。

実在の人物の半生を題材にしているとはいえ、基本は娯楽映画なので、多くの創作や演出が施されていることは、観ていてもわかる。それでも何というか、本当にまっすぐに、胸を衝かれる場面がたくさんあった。天才的な数学の才能を持ち、ケンブリッジ大学への入学許可を得ながら、渡航費用が得られずに夢を諦めざるを得なかったアーナンド。自分のような理不尽な思いを他の若者たちに味あわせないために彼が始めたスーパー30に、各地からそれぞれ必死の思いで集まってきた、貧しい出自の若者たち。知恵と工夫と努力を積み重ね、切り拓いていったその道の先には……。

シンプルに心を揺さぶられる、良い作品だった。

(……しかしリティクは、良い演技はしてたけど、あまりにもすごすぎるガタイのよさや、スーパースターのオーラは、さすがに隠しきれてなかったような……笑)

人前に出る

昨日は、よみうりカルチャー大手町スクールで、ラダックとザンスカールについての公開講座の第一回目。会場とオンラインの両方で、大勢の方々が参加してくださった。会場で販売した本も、ちょっとびっくりするくらいたくさん売れた(仕入見込みが甘かった……)。

こうしたイベントで、人前に直接出たのは本当にひさしぶり。去年の春に、下北沢で竹沢うるまさんと登壇したトークイベント以来だろうか。かといって、特にテンパったりはしなかったのだが、言葉選びがちょっと雑だったというか、一文の終わりまでちゃんと整理しきれてなかったというか、口がうまく回ってなかったところもちょいちょい自分で感じたので、そこは反省すべきかなと思う。

この間の月曜はラジオの収録だったし、明日はラジオの生放送だし、週末はトークイベント、来週末は公開講座の第二回目。慣れない仕事がえんえんと続く。自分は人前に出てカッコつけてしゃべるより、一人きりで机に向かって原稿を書いたり、誰もいない原野で写真を撮ったりする方が、性に合ってるのかな、とあらためて思う。

がんばろ。それしかない。

勘が戻る

昨日の朝、インドから帰国した。PCR検査の結果次第では飛行機に乗れない可能性もあったのだが、どうにか無事にクリア。到着時の検疫手続きは、空港内をほぼ一周するくらい歩き回らされて、本当にめんどくさかったけど。出入国前のPCR検査義務も、来月上旬からは撤廃されるらしい(ワクチン接種証明はいるが)。結果的にレアな体験になったのかもしれない。

今回のインド取材、始めたばかりの頃は、細かい部分で旅の所作というか勘が戻らなくて、ちょっと戸惑った。英語での簡単な受け答えがすぐに口に出てこなかったり、ちょっとした荷造りに妙に手間取ったり、割と大事なものごとをうっかり忘れそうになったり。ただ、そうした違和感もしばらくするとなくなって、旅の日々が心身にしっくり馴染むようになった。なまっていた身体も、荷物を担いで旅するうちに、ぴりっと締まって、思い通りに動かせるようになったし。

ああ、これが、本来の自分だったなあ、とあらためて思う。やっぱり、旅をしてなければ、僕は僕じゃない。