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「好きだ」と言ってもらえる本を

生まれてこのかた、女性の方から先に「好きです」と言ってもらえた回数は、指折り数えてもたぶん片手で足りるほどしかない。だから、そんな風に言われるとどのくらい嬉しいと感じるのか、正直よく覚えていない(緊張するし、その時に相手のことをどう思ってたかもあるし)。

でも、自分の作った本を「この本が好きです」と言ってもらえた時の嬉しさは、本当によくわかる気がする。そういう機会がたま〜にあるのだが、面と向かってそう言ってもらえると、相手の顔も見れないくらい恥ずかしくて恐縮してしまう。同時に、その場で飛び上がりたくなるほど嬉しくもなる。まるで、校舎の裏に呼び出されて告白された中学生男子みたいに(笑)。もちろん相手の方は老若男女さまざまだし、伝わる手段も直接会うだけでなく、メールや手紙など、いろいろなのだけれど。

火曜日の打ち合わせの時、約5年前に書いた本のアンケートハガキの裏面のコピーをまとめたものをもらった。いろんなコメントがあったのだが、その本を、本来の機能や役割以上の部分で気に入ってくれていた方が思いのほか多くて、部屋の中で一人、校舎裏の中学生男子のようにもきゅもきゅしながら読ませていただいた。中には「今、入院中ですが、読んでとても気分が晴れやかになりました」という方からのハガキもあって、ありがたいなあ、としみじみ思った。

みなさん、本当に、ありがとうございます。感謝の気持を、次に作る本にがつっと込めるべく、がんばります。また、「この本が好きです」と言ってもらえるように。

にじみ出るもの

昼の間、部屋で原稿を書く。長めのインタビュー原稿をどうにか形にできたので、ほっとする。

夕方、都心へ。恵比寿でラーメンを食べ、ヴェルデでコーヒーを飲み、代官山蔦屋書店へ。竹沢うるまさんと旅行書コンシェルジュの荒木さんとのトークイベントを拝聴。途中で竹沢さんが急に僕の名を呼び、会場の全視線に急に振り向かれるという不測の事態に(苦笑)。僕の本を知っている方も何人か会場にいらっしゃって、終了後に声をかけていただいて、恐縮してしまった。

竹沢さんは、自分のメッセージや思いを込めようとして写真を撮ってはいないのだという。あくまで媒介者として、凪いだ水面のようにフラットな心で対峙し、何かに心が反応して波紋が浮かんだ瞬間にシャッターを切る。写真で捉えようとしているのは、自分自身の心の揺れ動きそのものなのだと。

メッセージや思い入れは、意図的に伝えようとしてもたいていうまく伝わらない。作り手や伝え手の個性というものも、意図的に出そうと思うとたいてい失敗する。そういうことを意識せず、自分自身の気持に素直に従って、前へ前へと進み続けていれば、個性や思いや伝えたいことというのは、しぜんとにじみ出てくるというか、見る人や読者がそれぞれに解釈して受け止めてくれる。そうやって委ねるべきものだとも思う。

レベルは大きく違うけれど、僕自身の文章や写真に対しても「ヤマタカさんらしいよね、ヤマタカ節だよね」とは周囲からよく言われる。僕自身は、いったいどのあたりがヤマタカらしいのか、未だにわかっていないのだけれど。笑われてるのかな(苦笑)。

目指せツアコン

来月上旬、資格取得のための講習と試験を受けることになった。目的は、「総合旅程管理主任者」という資格の取得。要するに、ツアーコンダクターである。

ガイドと違うのは、ツアコンは飛行機やホテルのチェックイン、食事や宿泊など、旅程に関わる要素を管理する仕事という点だ。僕自身はそうした添乗業務をメインで担っているわけではないのだが、それでもこの資格を取る必要に迫られている理由は……インド(やっぱり)。インドのビジネスビザをスムーズに取得するためには、この「総合旅程管理主任者」の資格が必要になってしまったのだ。

インドへの渡航回数の多さや滞在期間の長さ、微妙な場所にもちょこちょこ行くことを考えると、ここらで、今後長きにわたってスムーズかつ磐石にビジネスビザを取得し続けられる体制にしておきたい。そのための布石である。

講習は3日間。1日の講習の最後にはその履修範囲の試験がある。……落ちたらどうしよう(汗)。がんばらねば。

「Bajirao Mastani」

この間、アラスカに行く時に乗ったデルタ航空の機内で観たインド映画「Bajirao Mastani」。年末年始に観た「銃弾の饗宴 ラームとリーラ」と同じく、監督はサンジャイ・リーラー・バンサーリーで、ランヴィール・シンとディーピカ・パードゥコーン、そしてプリヤンカー・チョープラーが揃い踏みという、華麗で濃密な歴史絵巻。

時は18世紀のインド。当時のマラーター王国で絶大な権力を持つペーシュワー(宰相)に若くして任命されたバージーラーオは、自ら軍を率いて各地への遠征をくりかえしていた。ある時、遠征中のバージーラーオを、ブンデルカンド王の娘マスターニーが援軍を要請するために訪ねてくる。ムガル帝国軍に包囲されていたブンデルカンド城の窮地を救ったバージーラーオは、マスターニーと恋に落ちる。自国に戻ったバージーラーオを追って嫁入りすることになるマスターニー。しかし周囲の人々は、ムスリムであるマスターニーの存在を頑なに受け入れようとしない。そして、それまでバージーラーオと仲睦まじかった第一夫人のカーシーバーイも、内心深く傷ついていた……。

この作品、ミュージカルシーンのいくつかはYouTubeで観ていたのだが、作品全体を通じても映像の緻密さと美しさは本当に圧倒的で、口をあんぐり開けて見入ってしまうほど。ストーリーは史実にある程度基づいた悲恋の物語なのだが、個人的にはマスターニーと同じかそれ以上に、カーシーバーイに感情移入してしまったというか、不憫でならなかった。この役柄にプリヤンカーを起用したのは大正解だったと思う。でなければディーピカの存在感に負けてしまっていただろう。

これはやっぱり、飛行機の座席の小さなモニタではどうにも物足りない。映画館のスクリーンで、どっぷり浸りたいと思ってしまった。

ケープ・マレーの味

今日は昼から夜まで、写真展開催中のポイントウェザーに在廊。激混みというほどでもなく、ほどよくにぎやかで、穏やかな時間だった。来週からラダックに行くという方が訪ねてきてくれたり、知り合いも大勢来てくれたりで、愉しく過ごすことができた。

お店ではおひるに週末限定のインドネシア定食をいただいた。サンバルゴレンウダンに、豚肉の甘辛煮や空芯菜炒め、ガドガドなど。甘味がある中にほどよくスパイスの効いた味。インドネシアは未踏の地なのに、どこかで似たような味を経験したような気が……と思ったら、去年の南アフリカ取材の時にケープタウンで食べた、ケープ・マレー料理の味。

南アフリカにはかつて、オランダ東インド会社によってジャワから大勢の人々が奴隷として連れてこられた。その子孫は今、南アフリカでケープ・マレーという確固としたコミュニティを築き、文化を受け継いでいる。ケープ・マレー料理も彼らのそうした文化の一つだ。

思いがけない人とばったり再会したような、そんな気分になった。