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脇腹が寒い

インドに2カ月行っている間に、体重が約4キロ減った。

今回の旅、特に前半は極寒の冬のラダックでの滞在だし、体力的にかなりきついことをくりかえす日々が続くのも以前からわかっていた。なので、2年くらい前から時間をかけて、いったん体重を減らしてから自重筋トレで筋肉の増量を図るという身体づくりをしてきた。そのトレーニング自体は、割とうまくいったと思う。現地でも重い撮影機材を背負いながら深い雪の中を歩き続けることができたし、長時間歩き続けても体幹がへばってきつくなったりせず、以前傷めたことのある両膝もまったく大丈夫だった。

ただ、いかんせん、冬のラダックは寒い。1日の最高気温は氷点下、最低気温はマイナス15〜20℃という世界。外界とを結ぶ陸路が雪で塞がっているので、日々の食べ物の選択肢も限られる。食事では、肉や野菜、そして寒さをしのいで身体の筋肉も維持するだけのカロリー自体が足りなかった。きつい取材を毎日くりかえすうち、内臓脂肪も皮下脂肪もすっかり落ち、両方のあばら骨の下はごそっとえぐれてしまった。寒い場所に行くと、両脇腹がぞくぞく冷えて、落ち着かない。やせると脇腹が寒くなるのだということを僕は学んだ(苦笑)。

日本に戻ってきてからは、朝昼晩と規則正しく、そして意識的に多めに食事を摂るようにしている。まずはカロリー。そしてタンパク質。自宅での自重筋トレも再開しているが、自分でも笑ってしまうくらい、筋力が落ちている。身体の各関節はしっかり動かせるものの、筋肉が細まってしまっていて、去年までのようなパワーや持久力が出せない。また、じっくり、じわじわ、怪我をしないように身体を作り直していくしかないのだろうな、と思う。

「Tiger Zinda Hai」

今から約6年前、日本でのインド映画人気再燃のきっかけを作った「きっと、うまくいく」とともに、「ボリウッド4」のラインナップの一つとして日本で公開された「タイガー 伝説のスパイ」。2017年暮れにインドで公開されたその続編が「Tiger Zinda Hai」だ。今年1月にインドに行く時、エアインディアの機内でこの作品を観ることができた。

「タイガー 伝説のスパイ」は、サルマン・カーン演じるインドの凄腕スパイ、タイガーが、任務の中でカトリーナ・カイフ演じるパキスタンの女性スパイ、ゾーヤーと出会って恋に落ち……という物語。僕も公開当時に観たのだが、いい意味でインド映画ならではの余裕と遊び心のあるスパイ・アクションという印象で、かなり楽しめた記憶がある。「Tiger Zinda Hai」は、その前作の8年後という設定。イラクでイスラーム武装組織によって病院に監禁されたインド人看護師グループを、米軍の空爆が実施される前に救出するため、世間から姿を消していたタイガーとゾーヤーが印パ混成の救出チームとともに現地に潜入する……というストーリーだった。

前作に比べると物語はほぼ完全な一本道で、とてもソリッドなスパイ・アクションに仕上がっている。サルマンやゾーヤーの立ち回りもさすがという感じで、アクション映画としては何の不満もない、スカッとする出来だ。ただ、インド映画らしさという点では、前作に比べるとストイックすぎて遊びの部分がなく、やや寂しい印象も残る。あと、タイガーとゾーヤーの強さが今回もチートすぎるので、もっと強力な敵役が出てきてもよかったのでは、という気もした。

ともあれ、興行的には2作品とも大成功だったそうなので、たぶんまた続編が作られるんじゃないかな、と思う。

「Padmaavat」

1月に成田からデリーに向かうエアインディアの機内で最初に観た映画は「Padmaavat」。サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督、ディーピカー・パードゥコーンとランヴィール・シンという組み合わせの作品は、「銃弾の饗宴 ラームとリーラ」「バージーラーオ・マスターニー」に続いて3作目。13世紀から14世紀頃のラージャスターンのメーワール王国を舞台にして後世に書かれた、パドマーヴァティという伝説的な存在の王妃の物語を題材にしている。スリランカからメーワール王国に嫁ぐパドマーヴァティをディーピカー、彼女を娶るラージプート族の王ラタン・シンをシャーヒド・カプールが演じ、ランヴィールはメーワール王国を襲うハルジー王朝のスルターン、アラーウッディーン・ハルジーを怪演している。

「Padmaavat」では前の2作品にも増して、バンサーリー監督の映像美へのこだわりがとことん突き詰められている。隅から隅まで1ミリも隙のない、凄まじい完成度。そんな画面をじっと見ていると、視覚も聴覚も吸い取られて、脳天までジンジンと痺れてくるような感覚に陥る。ランヴィールのどす黒い狂気に満ちた演技にさえ、ある種の美しさを感じてしまうほど。ただ、インドではあまりにも有名な伝説が題材ということもあってか、それぞれの登場人物の存在感が現実味に欠けるというか、親近感を感じるには遠すぎる存在であるようにも思えた。それは前の2作品とも共通する点ではあるが。

この作品、2017年の暮れにインドで公開される予定だったのだが、公開前から「パドマーヴァティとアラーウッディーンが恋に落ちる内容なのでは?」といった根拠のない噂がいろいろ流れ、ラージプートの団体などから猛烈な反発があって、公開が2カ月ほど延期された。監督や主演のディーピカーに対する脅迫行為もあったという。結局、公開後に作品の内容が明らかになると、そうした反発が的外れなものだったことが証明されたのだが。インドという国では、時々、こういうわけのわからない理不尽なことが起こってしまう……。

ちなみに、少し前から交際していたディーピカーとランヴィールは、2018年の暮れにめでたく結婚。過去3作品の映像に負けないくらい、圧倒的に美しい二人の結婚式の写真が、InstagramやTwitterにたくさんアップされていた。映画の中で、アラーウッディーンはパドマーヴァティの姿をひと目見ることすら叶わなかったのだけれど、現実世界の二人は、幸せに添い遂げられて、よかった。

すったもんだの旅

昨日、2カ月ぶりにインドから日本に戻ってきた。

今回のインド滞在は、いつにも増して、いろいろ大変だった。前半の1カ月は、あらかじめ計画していた通りに事が運び(まあ、必要以上にエクストリームな日々ではあったけれど)、取材も順調に進み、自分なりに大切なテーマを見つけることができた。ところが、後半の1カ月は……撮影する予定だった行事が今年に限って1カ月ほど順延されたりしたのはまだいいとして、カシミールで起こったイスラーム過激派によるテロと、それをきっかけに勃発したインドとパキスタンの間の軍事衝突のせいで、すべての計画が狂ってしまった。まさか、何十年かぶりに互いの戦闘機が停戦ラインを越境して、空中戦をやらかし、その影響でインド北部にある空港が一時閉鎖されるとは、いったい誰が想像できただろう。

おかげで僕は、旅の後半で乗り継ぐ予定だったインド国内線の手配をキャンセルし、街から街へと、1回の移動で片道9、10時間もバスに乗らなければならなくなった。取材の忙しさだけでなく、そういう行程ですっかり体力を削られてしまった気がする。アムリトサルでは急に熱が出て具合が悪くなったりと、後半戦はあらゆることがうまくいかなかった。

最後の最後に、10日の夜にデリーを発つ予定だった帰国便のエアインディアが、搭乗1時間前になって急に14時間もディレイ。成田に到着したのは昨日の夜9時半。リムジンバスの運行も終わっていたので、厳寒期装備の詰まった重い荷物を担いで電車を乗り継ぎ、西荻窪の自宅に辿り着いたのは、日付が変わる1分前だった。

まあ、いろんな面でツキに見放されていたとはいえ、大きな怪我もせず、お金も何も無くしたりもせず、普通に日本に戻ってこれたというだけでも、少しはツキが残っていたのかもしれない。それにしても、絵に描いたようなすったもんだの旅だった。

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今回の旅の最中に読んだ「羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季」、ものすごく面白かった。湖水地方で何世代にもわたって羊を飼って生計を立てている人々の暮らしぶりが、細やかな描写で活き活きと描かれている。自身も羊飼いである著者のこの処女作が、国内外で異例のベストセラーになったのも頷ける内容。人と自然との関わりや人生の持つ意味について、いろいろ考えさせられる。

布団の中から

真冬の朝は、目が覚めても、温かい布団の中から出るのが億劫だ。出発前日の今、僕はちょうどそんな気分でいる。

西荻窪に引っ越してきて、半年。街ではまだまだ未開拓の店も多いけれど、だいぶ土地勘もつかめてきた。新しい部屋での暮らしにも、いつのまにか、すっかり慣れた。細かいところを少しずつ整理したり、収納の仕方を変えたりして、だいぶ住みやすくなってきたと思う。居心地のいい部屋。ラジオからの音楽。自分でいれるコーヒー。相方と食べる夕食。何もかもが申し分なく、何の不満もない。

明日からはたぶん1カ月以上、風呂はもちろんお湯シャワーもまともに浴びることはできないだろうし、電気が使えるのも1日数時間だろうし、ネットもろくにつながらないだろう。緑の野菜とも当分オサラバだ。なんでわざわざ、僕は自ら好き好んで、そんな苦労をしにいくのだろう。温かい布団から出るのが嫌なように、ほんとに億劫だ。

でも、行かなければ。想像しただけで両手のひらがチリチリとしびれてくるような冒険の日々が、僕を待っている。良い写真を撮りたい。良い文章を書きたい。ただただ、そのために。

明日からしばらく、ブログの更新をお休みします。帰国は3月11日頃の予定です。では。