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三人目の子供

昼、リトスタでランチを食べながら、相談事を受ける。相手は、以前創刊に関わった雑誌の編集部に在籍していた女性で、後輩といえば後輩にあたる。今では結婚して二児の母となったが、その一方で、フリーランスでの編集の仕事も続けている。

相談の内容は、彼女がこれから作りたいと思っている本の企画について。どの版元に、どのような形で持ち込めば、出版にまでこぎ着けることができるか? 正直、僕には偉そうにアドバイスできるほどの経験も実力もないのだが、自分が本を出した時の経緯などをかいつまんで説明した。

「‥‥どうせこの仕事をしているのなら、自分が本当に作りたいと思える本を作りたくて!」

彼女とはずいぶん長い付き合いになるが、今日ほど目をきらきらと輝かせて、楽しそうに自分の企画の話をしていたのを見たのは初めてかもしれない。自分が本当に作りたいと思える本を作る。僕たちの仕事は、それが始まりであり、すべてでもある。ともすれば、ルーティンワークをこなすことに汲々としてしまいがちなこの業界で、かつての仲間がそんなみずみずしい気持で本作りに取り組もうとしているのを見るのは、僕としてもうれしかった。

彼女の思いが結実した本ができあがった時、きっとそれは、彼女にとって三人目の子供といっていいほどの、かけがえのない存在になると思う。

旅音「インドホリック」

ラダックから日本に帰ってきた時、旅音の新刊「インドホリック」が、僕のいない間に発売されていたことを知った。しかも、「ラダックの風息」と同じ出版社から。そこから不思議な縁がつながって、11月3日に開催するトークイベントのゲストとしてお招きすることになったのだが、それはまた別の話。

旅音とは鎌倉在住のご夫婦で、ご主人の林澄里さんが写真とWebを、奥さんの加奈子さんが文章を担当されている。中南米を一年かけて旅した日々を描いた前作「中南米スイッチ」もそうだったが、この「インドホリック」も、瀟酒でとても美しい本だ。鮮やかな色彩のインドの情景を、みずみずしい感性で切り取った写真の数々。インド各地を約半年かけて旅した日々を綴る文章は、感動した出来事があった時も、困ったトラブルに遭遇した時も、きちんと抑制が効いていて、ニュートラルな視線に好感が持てる。

旅行記というと、自分の行為に陶酔してしまったり、妙にカッコつけてしまったり、あるいは面白おかしくウケを狙ったりしてしまいがちだが、旅音による二冊の本は、本当に自然体で、いい案配のバランス感覚でまとめられている。それはたぶん、彼ら自身が、旅というものに対する自分たちなりのスタンスを確立しているからだろう。

長い旅を経験した人の中には、疲弊して擦り切れてしまったり、何かが変質してしまう人も少なからずいる。でも、旅音の二人は、異国に対するフレッシュな好奇心と敬意を抱きながら、実にのびのびと旅を楽しんでいる。それでいて、自分たちらしさも忘れていない。「旅の達人」といった類の人たちとは違う。「旅を楽しむことがうまい人たち」なのだと思う。そして、そういう人たちが作った本というのは、読んでいても気分がいい。

できれば、せめてあと1折(16ページ)はページ数に余裕を持たせて、その分、見開きや1ページ断ち落としでズバッとレイアウトされた写真をもっと見たかった‥‥というのは、贅沢すぎる注文か。フルカラーの本でこれ以上ページ数を増やすのは、採算面でかなり厳しくなるのはわかっているけれど。

手売りの喜び

今日も朝から、日比谷公園のグローバルフェスタへ。ジュレーラダックの物販ブースで店番をする。天気はどうにか持ちこたえてくれて、人出は昨日以上。売上もなかなかよかった。

昨日の段階で「ラダックの風息」が売り切れて、ジュレーラダックの事務所にあった在庫も尽きてしまっていたので、今日は僕が自宅にキープしてあった新品を7冊ほど持っていった。が、これも次から次へと売れていき、夕方の早い時間にあっさり完売してしまった。

全国の書店やアマゾンで売れていくのはもちろんうれしいけれど、自分が渾身の力を込めて書いた本を目の前のお客さんに差し出して、それをお客さんがニコニコしながら受け取ってくれるのを見るのは、何物にも代え難い喜びだ。本をつくる仕事に携わることの原点は、こうして手売りをした時に感じる喜びに行き着くのかもしれない。大切なこと。そして、けっして忘れてはならないことだと思う。