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無神経な広告

これは、僕自身ではなく、知人が体験したことなのだけれど。

先日、知人が書店で本を買った時、ちょっと変わったブックカバーをつけられたのだという。そのブックカバーには、ソニーの電子書籍リーダーの広告が印刷されていたのだ。

ソニーや広告会社からしてみれば、自社の商品を売り込みたい読書好きな人にアピールする意図でこういう広告を企画したのだと思う。でも、知人は、自分が楽しみに買った本にそういうブックカバーをかけられてしまって、何だか残念で寂しい気持になったのだそうだ。僕がその立場でも、同じように感じたと思う。

読書好きな人すべてが、紙の本も電子書籍も分け隔てなく受け入れているわけではない。また、両方を受け入れている人でも、紙の本を買う時には愛着のある「モノ」として欲しいと思うから買う場合が多いだろう。電子書籍の広告入りブックカバーを発案した人は、それで嫌な気持になる人も少なからずいるということまで、考えが及んでいなかったのではないだろうか。

はっきり言って、紙の本が好きな人にとっては無神経な広告でしかないと思う。ソニー、残念。

戦いの火蓋

午後、メールで吉報が届く。今、準備を進めているラダックに関する本の企画が、出版社内で承認されたという。

この本の企画は、今年の初め頃に出版社に持ち込んで、すぐに担当編集者さんについてもらえるなど、割と順調な滑り出し。五月頃までには新刊会議での承認を経て予算を付けてもらって、夏にラダックに取材に行く計画だった。ところが、三月の東日本大震災の影響で、その出版社内での企画の検討がストップ。編集者さんからは「取材は来年にしたらどうか」とも言われたのだが、そうすると、本を出すのが再来年になってしまう。僕はしばらく考えた末、新刊会議での承認を待たず、取材費を自腹で一時立て替える形にして、ラダックに取材に行くことにした。

正式な予算がついていないのに、見切り発車で海外取材。他の人から見たら、相当に無謀に思われるかもしれない(苦笑)。でも、僕としては十分に勝算があったし、前に「ラダックの風息」を書くために、出版社のアテも何もない状態で取材をした時の方がはるかに大きな博打だったから、それほど心配はしていなかった。

正式承認までずいぶん時間がかかってしまったが、発売予定の来夏までには、まだまだ時間がある。戦いの火蓋が、いよいよ切って落とされた。

オリヴィエ・フェルミ「凍れる河」

ラダックやザンスカールをテーマに撮影に取り組んでいるフォトグラファーは大勢いるが、オリヴィエ・フェルミはその中でも間違いなく第一人者だと思う。レーの書店の一番目立つ場所には彼の写真集が平積みにされているし、毎年夏になると大勢のフランス人がザンスカールを訪れるのは、ひとえに彼の写真の影響によるものだ。

この「凍れる河」は、1990年にワールド・プレス・フォト賞を受賞した写真集の邦訳。ずっと前から絶版になっていたのだが、状態のいい古本をようやく手に入れることができた。

ザンスカールのタハンという村で生まれ育った幼い兄妹、モトゥプとディスキット。フェルミたちの援助で、二人はレーにある寄宿学校に行くことになった。兄妹は父親のロブザンとともに、氷の河チャダルを辿る旅に出る——。

A5サイズの上製、150ページ足らずの小さな写真集。だが、この「凍れる河」の中には、ザンスカールの自然と人々に対するフェルミの想いが、あふれんばかりに詰まっている。ダイナミックな構図で切り取られた、鮮烈なコントラストの写真の数々。短くシンプルだが、寄り添うような情感を感じる文章。途方もなく寒いはずのチャダルの写真ばかりなのに、ページをめくるたび、心がふわっと暖かくなるのは何故だろう。

フェルミは若い頃、登山家を目指していたそうだが、山の頂に登るより、谷間に暮らす人々の穏やかな微笑みに惹かれるようになったのだという。自分が惚れ込んだ場所を、とことん時間をかけて取材し、その地に生きる人々との心の絆を深めていく。だからこそ、フェルミはこういう写真と文章をものにできたのだと思う。僕自身、取材に対する彼の真摯な姿勢には、学ぶべきところが多いと感じている。

余談だが、この本の主人公の一人、モトゥプは僕の大切な友人でもある。レーの街のフォート・ロード沿い、チョップスティックスというレストランの隣にある、オリヴィエ・フェルミ・フォトギャラリーに行けば、大人になった彼が笑顔で出迎えてくれるはずだ。

雑誌に思う

夕方、ラーメンを食べに行くついでに、三鷹の駅ビル内の書店へ。雑誌売り場をぶらつく。‥‥多いなあ、付録つきの雑誌。間に付録を挟んだまま、がんじがらめに縛られて、もう、雑誌だか何だかわからない。

思えば、雑誌というものを買った記憶が、ここしばらくない。雑誌編集者出身だというのに‥‥(苦笑)。いや、だからこそ、買おうと思えないのかもしれない。正直なところ、今は「お、これは買わねば!」と思える雑誌が、ほとんど皆無なのだ。日本の雑誌は、今のジリ貧の状況を立て直せないまま、ますます衰退してしまうのかもしれない。

でも、だからといって、雑誌というカタチの本そのものを、嫌いにはなれない。いつか、どこかでチャンスがあれば、また雑誌のようなものを手がけてみたい、という気持はある。もちろん、何をやるのかが一番大事なわけだが‥‥。作ってみたいな、いつか。季刊「ラダック」とか?(笑)

淀まず、あわてず、後戻りせず

二十代の初めの頃、色川武大の「うらおもて人生録」という本を読んだ。かつては筋金入りの博打打ちとして幾多の修羅場をくぐってきた彼は、カタギになるために小さな出版社で働きはじめた頃、自らに三つの約束事を課した。

一つめは、一カ所で淀まないということ。いいところならともかく、悪い条件のところは、自分の生きたいように生かしてくれない。少しでも自分らしく生きるために、一つのところに満足したりあきらめたりしないようにする。

二つめは、階段は一歩ずつ、あわてずに昇るということ。その時の自分の実力に合わせて、決して先を急がない。焦って二、三段駆け上がると、転んだり落っこちたりする。いいところに行きたいなら、そのための力をつける。

三つめは、でも決して後戻りはしないということ。一度昇った場所でやったことに対しては、きちんと責任を持つ。きついからといって楽な方に安易に逃げない。

僕は色川さんのように冷静な勝負眼を持ち合わせているわけではなく、かなり、いや相当に行き当たりばったりな人生を過ごしてきた。でも、自分の職歴について振り返ってみると、結果的に「淀まず、あわてず、後戻りせず」というセオリーを踏み外すことなくやってこれたのかなという気がしている。もし、最初から運よく大手出版社に入っていたとしても経験と実力不足で脱落していただろうし、一時期関わっていた雑誌の編集部にあれ以上依存し続けていたら、その分野のネタしか扱えない井の中の蛙になっていただろう。後戻りしないというのは、今まさにやせ我慢してる真っ最中だが(笑)。

ただ、ラダックの本を書こうと思い立って、それまでの仕事を全部チャラにして日本を飛び出した時は、正直、人生最大の大博打だったなと思う。「この本をものにできなかったら、俺は物書きを廃業する」と本気で思い詰めていたから。結果的にうまくいったからよかったが‥‥(汗)。でも、長い人生の中では、時には大勝負をしなければならない時もあるのかもしれない。

色川さんの「うらおもて人生録」は、他にも含蓄のある言葉が詰まった名著なので、人生に迷っている方は一度読んでみたらいいんじゃないかなと思う。