一昨日、ひさびさに散髪に行った。忙しいやら何やらで、二カ月以上ぶり。髪はもう伸び放題のざんばらだったので、思いっきり短くしてもらうことにした。
ほかのお客さんとの都合で、僕は髪を切る前に顔を剃ってもらうことになった。背もたれを倒した椅子の上で仰向けになり、顔にシェービングフォームを塗られ、剃刀を当ててもらう段になって、お店の人が急に「あの、私、今、『冬の旅』を読んでいて……」と語り始めたので、びっくりした。
確かに、前に来た時に僕の仕事の話になり、今まで書いた本のタイトルを訊かれたので、伝えたことはあったのだが。まさか、理髪店で顔を剃られながら、自分の書いた本の感想を受け止めるはめになるとは、想像もしていなかった。
今まで、行きつけのごはん屋さんとかで、読後の感想をちらっと聞く機会はあったけれど。世の中のほかの作家の方々も、こういう経験をされてるのだろうか。
いやあ、びっくりした。でも、本当に、ありがたいことだと思う。お店の方、まだ読んでる途中とのことだったので、最後まで楽しんでもらえたら。
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セバスチャン・サルガド『わたしの土地から大地へ』読了。世界でもっとも著名なフォト・ジャーナリストであるサルガドが、自身の半生を語った本。僕も二十代初めの頃に彼の写真を目にして、その後の人生に少なからず影響を受けた。写真の撮影技術や感性はもちろんだが、彼の本当の凄さは、何を撮るべきかを判断する際の聡明さと、被写体に対峙する際の妥協のない誠実さ、そして個々の取材をまとめて一つのプロジェクトとして推進していく際の実行力にあるのだな、と感じた。サルガドが八年の歳月を費やして取り組んだ『GENESIS』のプロジェクトで、世界各地の原初の自然や少数民族の生活を取材した際の述懐が、僕自身がこの十年来のラダックやザンスカールでの取材で感じていたことと驚くほど近いものだったので、自分は間違っていなかった、と少しだけ自信になった。