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下北沢に還元

昨日の夜は、下北沢にある書店B&Bでの「撮り・旅!」と「エスニックファッション シーズンブック」に出演させていただいた。今回のイベント、オンラインで申込段階で決済が発生するシステムだったので、直前までかなり予約が低調だったのだが、当日予約なしで直接お店に来た人がたくさんいて、開始時間になってみると、大入満員の大盛況。相当心臓に悪い展開だったが、お店のペイラインも余裕で超えてくれたので、ほっとした。

トーク自体も、eTHno loversのみなさんは会場を華やかに楽しく盛り上げてくださったし、旅音の林さんは写真もトークも抜群の安定感だったので、僕自身はかなり楽な気分で話をさせていただけたと思う。全体的には、まずまずうまくいったんじゃないだろうか。会場のお客さんたちにも、楽しんでいただけていたらいいのだけれど。

撤収が終わった後は、会場のすぐ近くの中華居酒屋で、10人くらいでのささやかな打ち上げ。B&Bさんから僕たちにいただいた出演料は、そのままきれいに飲み代に使わせていただいた(笑)。下北沢にそのまま還元できて、まあ、よかったかな。

「地球の歩き方 タイ 2015〜2016」

arukikata_thai15昨年に引き続き、撮影とデータ取材の一部を担当させていただいた「地球の歩き方 タイ 2015〜2016」が、2月6日(金)頃から発売されます。今回の改訂版では、巻頭のカラーグラビアにあるタイ国内の世界遺産(アユタヤー、スコータイ、シー・サッチャナーライ、カムペーン・ペッ)の紹介記事で5ページ、タイ北部の町ラムパーンの紹介記事で4ページの写真と文章を提供しています。それ以外では、タイ中部と北部の章トビラの写真も。タイに行く予定がある人だけでなく、特に行く予定がない方も(笑)、書店で見かけたら一度手に取ってみていただけると嬉しいです。

タフでなければ

昨日の午後は、小林尚礼さんのお誘いで、「地球の歩き方 ブータン」の制作に初版からずっと携わり続けている編集者、高橋洋さんのトークイベントに行ってきた。

高橋さんの長女の娘さんは二歳の時に非常に患者数の少ない遺伝系の難病を発症されて、以来ずっと自宅の一室で、身動き一つできない状態での療養を続けられている。当初、娘さんの余命は長くても七歳くらいまでと言われていたそうだが、先日、二十歳の成人式を迎えられたそうだ。これまでの間、高橋さんと奥様、そして周囲の人々が、娘さんのためにどれほどの努力を積み重ねてこられたのか、想像を絶する。

高橋さん自身も数年前に胃癌を宣告されて手術を受けた経験があるそうだが、「地震にたとえると、二歳の娘に下された難病の宣告が震度7か8だったとすれば、僕に下された胃癌の宣告は、せいぜい震度3か4くらい。全然たいしたことなかったです」と、こともなげに話されていた。

娘さんの看護や取材を通じてのブータンとの関わりは、高橋さん自身の人生観にも大きく影響したそうだ。自分には世界中を大きく変えるようなことはできないかもしれないけれど、一人ひとりがそれぞれ自分にできることを一つひとつ積み重ねていけば、世界はもっとよくなるのではないか、とも。

終了後にご挨拶させていただいた高橋さんは、話し好きで飄々としていて、穏やかな印象の人だった。トークで淡々と話されていたような苛烈な人生を送ってきた方には、とても見えなかった。タフでなければ、生きていけない。優しくなければ、生きている資格がない。マーロウのあの有名な台詞を、その時ふと思い出した。

歩いたことのない道

午後、目黒で打ち合わせ。これから作りたいと考えている本の企画について。新しい企画の持ち込みプレゼンは毎回緊張するけど(当たり前か)、どうにか無事に終えることができた。

打ち合わせを終えてビルの外に出ると、すぐ近くを目黒川が流れているのに気付く。このまま家に戻って、山のように届いてるはずのメールの返信に忙殺されるのが嫌だったので(苦笑)、川沿いをぶらぶらと、中目黒や代官山の方まで歩いていってみることにした。

ゆるりと吹く冷たい風の中、マフラーに顔を埋め、両手を上着のポケットに深く突っ込んで、ざくざく歩く。そういえば、目黒駅の近くから、この川沿いの道を歩いたのは、初めてだ。見たことのない店や家並、遠くのビルの影。ほんのちょっとだけ、旅に出たような気分になる。

東京で暮らしはじめて、かれこれ二十数年になるけれど、この街で僕がまだ歩いたことのない道は、それこそ無数にある。そう考えると、ちょっともったいないような気もしてくる。もっと、知らない道を歩いてみたい。知らない場所に迷い込んで、おろおろ右往左往してみたい。たぶん、性に合ってるんだな、そういうのが。

あの日から

昨日は、モンベル渋谷店での「撮り・旅!」トークイベント第2弾。会場はぎっしり満席で、毎度のことながら、自分が何をしゃべったのかろくに覚えてないほどあっぷあっぷの状態だったが、出演者のお三方にも助けられ、どうにか無事に終えることができた。終わった後、近くの居酒屋でやった打ち上げが本当に楽しくて(同業者同士だとやっぱり俄然盛り上がる)、終電間際まで、かれこれ6時間くらい飲み続けた。

去年の代官山でのトークイベントの時など、「撮り・旅!」関係で何か節目になるような出来事があるたびに、2012年の夏のあの日を思い出す。

その年の春に「ラダック ザンスカール トラベルガイド」を上梓した後、僕は次の具体的な目標を見つけられずに宙ぶらりんな気持のまま、スピティの山の中をしばらく歩いて旅してから、乗合ジープでマナリに来ていた。それまでずっと埃まみれの日々だったから、ヴァシシトでは僕にしては割といいホテルに泊まり、きれいなシーツのベッドでごろごろしながら映りの悪いテレビを眺めるだけで、他に何をするでもない、だらけた時間を過ごしていた。

そんな時だ。ふっと、旅と写真の本を作ろうかな、という考えが舞い降りてきたのは。それはもう本当に単純な思いつきで、そういう本があったら自分が読みたいな、というだけのものだった。でも、その思いつきが、帰国してしばらくしてから次第に形を成していき、出版社との一年に及ぶ交渉の後、本当にたくさんの方々から力をお借りできたことで、「撮り・旅!」という一冊の本になった。

ヴァシシトでごろごろしてたあの日のどうということのない思いつきが、これほど大きな流れになるとは、正直、予想もしていなかった。世の中、何が起こるかわからない。でも、この本を自分の力だけで作り上げたとはまったく思っていない。ただただ、周囲の人々に助けられ、背中を押してもらえたことで、どうにかここまで来られたのだと思う。

さて、次はどうするかな。実はもう、たくらみはあるのだけれど。