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次への助走

緊急事態宣言の下、特定警戒都道府県に指定されている東京で過ごす、ゴールデンウイーク。そんな状況下で僕は何をしているかと言うと、ほぼ毎日、原稿を書いていたりする。

先月初めに、とある企画をとある出版社に提案したのだが、その企画が、具体的に社内で検討していただけることになった。企画を検討の俎上に載せる際、サンプルとなる原稿がいくつかあればという話になったので、連休中はそのサンプル用の原稿を書いている、というわけだ。

ほんの1週間ほど前に新刊を出したばかりで、世の中は国内も国外も何だかよくわからない無茶苦茶な状況なのに、すぐにまたこうして新しいプロジェクトに取り組めるというのは、ありがたいことだなと思う。企画が正式に通れば、しばらくの間は、また自宅でひたすら原稿を書き続けることになる。書くための素材はすべて手元にあるから、あらためて取材に出かける必要はない。今は、ライターも写真家もどこにも取材に行けない状況だから、そういう意味でもこの企画がうまくいくといいな、と思っている。

次の本への助走は、もう始まっている。今度も、うまく跳べますように。

息を潜めて

自分が作った本の発売日は、いつもなら都心に繰り出して、書店の店頭で自分の本が平積みにされている様子を柱の影から眺めて、ハンカチでそっと嬉し涙を拭う(笑)、というのがルーティンになっている。

ただ、今回の『冬の旅』に関しては、時節柄、都心では休業している書店が多いし、自分としても、その程度の用事で電車に乗って都心に出かけるのは憚られる。なので、恒例の書店巡りは、世の中がもう一段階落ち着いてからで、という心づもりでいる。

書店も取次も出版社も、売りたい本はあるのに、店を開けられない、というのは、今まで想定もしていなかった状況だと思う。まあでも、今は息を潜めて、目に見えない嵐が過ぎ去るのを、じっと待つしかない。大丈夫。本は変わらず、読者を待っていてくれる。

そして本になった


先週末、『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』の見本誌が届いた。

自分の作った本の見本誌を初めて手にする時は、毎回、感無量の気分になるのだが、今回の本を受け取った時は、いつにも増して、何とも言いようのないほど、いろんな感情が渦巻いた。何年も前から練りに練っていた取材計画。一年前の、あの旅の日々。それをどうにかして言葉に刻み、写真とともに形にして、そして……本になった。

本というものは、文字や図版をインクで印刷して形を整えた、単なる紙の束でしかないのかもしれない。引っ張れば破れるし、水に濡れたらふやけるし、火をつけたら燃えてしまうし。でも、少なくとも僕にとって、この本は、本当に、大切な本だ。これから長い時間をかけて、一人でも多くの人のもとに、この本が届くように願っている。

旅の終わり、旅の始まり

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』、本日校了。デザイナーさんと編集者さん、印刷会社の担当者さんが、最後の最後までこだわって、データ一式を仕上げてくれた。この後、印刷、製本、配送を経て、4月末には、書店の店頭やネット書店で発売されることになる。

長い旅だったなあ、と思う。去年の1月上旬に渡印して、約4週間、真冬のザンスカールを旅して。3月に帰国して、国内の仕事に復帰してからも、ずっと心ここにあらずという感じで、あの冬の旅についてどんな風にして言葉を刻んでいくか、そのことばかりを考えていた。原稿を書き続けていた日々も、編集作業に没頭していた日々も、僕にとってはずっと、あの冬の旅の続きだった。

その旅も、ようやく、終わった。これからは、完成した一冊々々の本が、一人ひとりの読者の元に届いて、それぞれの旅を始める。どんな風に受け取られるのか、緊張するし、怖くもあるけれど、でもやっぱり、楽しみで仕方がない。

緊急事態宣言なるものが発令され、各地の書店でも短縮営業や臨時休業が相次いでいる現状は、本の売上にもマイナスに作用するだろう。ただ、実のところ、僕はあまり悲観も心配もしていない。『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』は、これから20年、30年経ってからでもしっかり読んでもらえるような、持続性と耐久力のある内容にしている。たぶん、僕の残りの寿命よりも、ずっと長生きするだろう。だから、届くべき人の元には、いつか必ず届いて、それぞれの旅を紐解いてくれる。そう信じている。

『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』

冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ
文・写真:山本高樹
価格:本体1800円+税
発行:雷鳥社
A5変形判288ページ(カラー77ページ)
ISBN978-4-8441-3765-8
配本:2020年4月下旬

書き下ろしの旅行記としては約11年ぶりに、新刊を上梓します。インド北部、ヒマラヤの西外れに位置するチベット文化圏、ザンスカール地方を、真冬に旅した時の記録です。

凍結した川の上に現れる幻の道チャダルを辿り、雪崩の頻発する豪雪地帯ルンナク渓谷を抜け、最深部にある僧院、プクタル・ゴンパで真冬に催されるグストル祭を取材しました。約4週間に及ぶ旅の中で、起こった出来事、出会った人々、一つひとつのエピソードを克明に綴っています。

この本に書き記した内容は、もしかすると、あと10年もしないうちに、ザンスカールからすっかり失われてしまうかもしれません。それでも、いや、だからこそ、この本を作っておきたい、と僕は強く思いました。この本が、一人でも多くの読者の方のもとに届くことを願っています。