Tag: Alaska

森の中の孤独

翻訳できない世界のことば」という本がある、と教えてもらった。世界のいろんな国や地域には、他の言語に翻訳しようと思ってもひとことでは言い表せない、その言語特有の表現がたくさんある。これはそういう世界各国の言葉を集めた本なのだという。本屋の店頭で見かけて、ぱらぱらめくってみると、なるほど、確かに面白い。

ドイツには、「Waldeinsamkeit」という言葉があるそうだ。この本によると「森の中で一人、自然と交流する時の、ゆったりとした孤独感」というニュアンスの言葉なのだという。森の中の孤独。数週間前、南東アラスカの島で過ごした数日間は、「Waldeinsamkeit」だったのだろうか。

あの日々の中で僕が感じていたのは、孤独、という感覚とはちょっと違っていた。無数の命がひっそりと息づく森で、目には見えない関係性のようなものを感じながら、僕は不思議なほど満たされ、穏やかな気持でいた。今まで経験したことのない感覚だった。あれはいったい、何だったのだろう……。

振れ幅

昨日はラダック写真展会場の綱島ポイントウェザーで、「ラダック・オフ会」という初の試みだった。

今回、事前に目立つ形で告知しすぎると会場がパンクしてしまうかも……と思ったので、事前の告知はFacebookとTwitterを中心にして、あまりおおっぴらにはやらないようにしていた。たぶん27、8人くらいかな、それでも会場のキャパ的には結構きつきつかな……と思っていたら、いざ始まってみると、40人近くにも達してしまった。こんなに大勢の方々に集まっていただけたのは、本当にありがたいことだったが……主催者側としては、完全に状況を読み違えてしまった。会場はずっと大混雑状態で、僕自身も受付などに忙殺され、参加者の方々とあまりゆっくり話ができなかったので、そうしたことにがっかりした人もいたかもしれない。読みが甘かった……反省している。

畳や床がほとんど見えないくらい、わいわいとにぎわう会場を、入口近くで缶ビールをすすりながら眺めていると、何だか不思議な気分になった。今の僕は、こんな風にして大勢の人たちと接点と持たせていただいて、みんなとの関わりの中にいさせてもらっている。でも、ほんの3週間前、僕はアラスカの無人島の小屋にいたのだ。他に人間は誰一人おらず、周囲の深い森にいるのは、海鳥とハクトウワシとシカとクマだけだった。

あまりの振れ幅の大きさに、我ながら戸惑っている。

かけ違えたボタン

アラスカから日本に戻ってきて10日ほど経ったが、とにかくやたらと眠い。ずっと眠気に襲われている気がする。

ただ、その眠気に従って横になってみても、浅い眠りのまま、割とすぐに目が覚めてしまう。ぐっすり熟睡、という感じにはならない。それで起きて、しばらくすると、また眠くなる。横になる。でも浅いまま、すぐ目が覚める。

アラスカの小屋で一人ぼっちだった時、夜の9時を過ぎて太陽の光が完全に消え去ると、あたりは真の闇に包まれた。窓から外を見ると、海の向こうの遥か彼方に、シトカの街の灯がほんのかすかに見えていた。波の音、風に揺れる梢の音、虫の声。エアマットを敷いた板張りのベッドで、僕は寝袋にくるまっていた。不思議なくらい、ぐっすりと、よく眠れた。孤独も不安も、何も感じなかった。ただ、静寂の中に身を浸していることが心地良かった。

あの島から戻ってくる時に、どこかで、ボタンをかけ違えてしまったのかもしれない。どっちが間違っているのかも、僕にはわからないけれど。

森と氷河と鯨


昨日の午後、予定通りに南東アラスカから日本に戻ってきた。この間のラダックでの滞在に比べれば、期間も半分だし、あっという間だった気もするのだが、ラダックから戻ってきた時以上に、浦島感というか、周囲の環境にうまく馴染めなくて、ぼーっとしてしまっている。日本に、というより、人間のいる環境に。

南東アラスカでの日々は……短い間に、本当にいろんな出来事があった。誰かに話しても、すぐには信じてもらえないような出来事も。氷河の青い氷。苔の繁茂する深い森。ハクトウワシのまなざし。無邪気にじゃれあうクマ。ボートを取り巻くザトウクジラの群れ……。

あまりにも気高く、美しいものを、僕は、目にしすぎてしまったのかもしれない。

出発前の嵐

台風9号の首都圏上陸で、朝から天気は大荒れ。幸い、特に出かけなければならない用事もなかったので、旅の荷造りの仕上げをして、あとは部屋で雨と風の音を聞きながら、おとなしく過ごす。

元々は今日から出発する日程を考えていたのだが、お盆明けの平日に1日東京にいることで、仕事関係の連絡がつきやすいようにした方がいいと思い直して、明日の出発に変えたのだった。今となっては、本当に運が良かったと思う。もし出発予定が今日だったら、飛行機の遅延や欠航で、現地の細かい事前手配が危うくパーになるところだった。

まあ、明日からの2週間、何もかも予定通りにうまく運ぶとはまったく思ってないけれど、まずは五体満足無事に戻ってくることを目標に、新鮮な気持でアラスカを楽しんでこようと思う。

帰国は9月5日の予定。ではまた。