「きっと、またあえる」

コロナ禍の影響で、春頃に予定の公開が延期されていたインド映画「きっと、またあえる」(原題「Chhichhore」)が、ようやく公開された。

アニの息子ラーガヴは、大学受験に失敗したショックで、マンションのベランダから身を投げてしまう。かろうじて一命は取り留めたものの、予断を許さない状態で、ラーガヴ自身にも生きる気力が見られない、と医師は言う。アニはラーガヴの枕元で、「負け犬」だった自分の学生時代について語りはじめる。五人の悪友と、一人の女性と過ごした、かけがえのない日々のことを……。

良い映画だった。物語もメッセージも、まっすぐすぎるくらいまっすぐで、むちゃくちゃ心に響く映画だった。でも、だからこそ、つらかった。

この作品で主人公のアニを演じた、スシャント・シン・ラージプートは、2020年6月14日、ムンバイの自宅で自らの命を絶った。以前から鬱病を患っていたとも言われているが、定かではない。今もインド国内では、彼の死にまつわるさまざまな憶測やゴシップが日夜メディアで取り沙汰されているそうだが、それらについて、ここでは特に触れないし、正直、興味もない。

彼の出演作は、日本ではこれが見納めになるかもしれない。観ておかなければ、見届けておかなければ、そう思って、映画館に足を運んだ。が、やっぱり、つらかった。作品に込められたまっすぐで温かなメッセージが、なおさら、やるせなかった。「なんでだよ」とスクリーンに向かって思わず言いたくなった。

彼にはもう、会えない。今はただ、安らかに。

サンダルの天寿

長年愛用してきたビルケンシュトックのサンダルが、ついに天寿を全うした。

昨日の昼、いつものようにサンダルをつっかけて、近所のパン屋さんに買い物に行ったところ、家に帰り着く直前に、サンダルのソールがパカパカしているのに気がついた。見ると、左右とも、ソールがはがれかけている。7年ほど前にソールをすべて貼り替えたのだが、その接着面からだろうか。最近の酷暑で、劣化に拍車がかかったのかもしれない。

接着し直せばまだ履けるかも、と思って吉祥寺のショップに持ち込んでみると、サンダル本体のコルク部分に亀裂が入っていて、再接着すること自体が難しい、と診断されてしまった。さすがに寿命でしょう、と。

ふりかえってみると、かれこれ15、6年(もしかするともっと)前から、年の半分以上、毎日履き続けてきたサンダル。残念だけど、天寿を全うしたと言えるくらいには愛用してあげられた、と思う。

ビルケンシュトックのサンダルは、数年前に買った街歩き用のスエード使いのものがもう一足あるので、そちらを引き続き愛用しつつ、ご近所散歩用には、気楽につっかけらる安めのものを何か探してみようと思う。

次の本へ

四月下旬に『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』を雷鳥社から刊行したばかりだが、来年、別の出版社から、ラダックとその周辺についての新しい本を出すことが決まった。

本の企画を提出したのは四月、サンプル原稿を提出したのは五月だったから、決まるまでちょっと時間がかかったのだが、どうにか。具体的な刊行時期は、来年のうちに、という程度のおぼろげな状態。昨今のコロナ禍の影響で、どこの出版社も刊行スケジュールがいろいろ変更になっていて、てんやわんやなのだそうだ。それでもまあ、このご時世に、出版社から書き下ろしの新刊を出せることになったというだけでも、ありがたいことではある。

この本のために必要な材料はほぼ手元に揃っているので、これから半年くらいの間は、ひたすら家に籠もって原稿を書くことになる。考えてみると、去年の後半とほぼ同じ図式である。ただ、去年は十月に恒例のタイ取材が入ったことで執筆スケジュールが相当厳しかったのだが、今の状況だと、海外取材の仕事は来年春くらいまで入ってこないだろう。直近の収入源が減るのは確かに痛いが、その分、新刊の執筆に集中できると割り切って、ポジティブシンキングで取り組んでいこうと思う。

ああでも、楽しみだなあ。また一冊、本を作ることができる。今度もせいいっぱい頑張って、良い本にしよう。

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川内有緒著・中川彰撮影『バウルを探して〈完全版〉』読了。ベンガルの吟遊詩人バウルを追ってバングラデシュを旅した紀行で、七年前に刊行されたものが約100ページの写真とともに生まれ変わった。武田百合子の『犬が星見た ロシア旅行』をほんのり思い起こさせる軽やかな(でも時々ドライな)文体で、自分自身の内面を手探りしながらの旅の様子が誠実に描かれている。初版の刊行直前に亡くなった中川さんがフィルムで遺した旅の写真と、その中川さんに宛てて書かれた川内さんの「手紙」が、刊行から月日を経たこの本を、文字通りの「完全版」にしている。作られるべくして作られた一冊だったのだな、と思う。

腐海の記憶

ようやく梅雨が明けたと思ったら、いきなり夏が本気でぶん殴ってきたような暑さである。

さっき、駅前の本屋とスーパーに行くために外に出たら、明らかに体温越えの熱風が。気温だけなら、今の時期のデリーやバンコクよりも暑い。コロナ禍がなかったら、今年はこんな酷暑の中でオリンピックのマラソンとかが開催されてたのだ。来年、本気でやるつもりなんだろうか。たぶんそれまでにコロナ禍が収束せずに中止になるだろうけど。

例年のこの時期、僕はたいていインドのラダックあたりにいて、標高3500メートルの涼気の中で過ごしていた。自分自身は快適だったのだが、留守の間に閉め切っていた三鷹のマンションの部屋は、帰国してみるとひどいことになっていた。一言で言うと、腐海、というか……。体温越えの気温と湿気の中で1、2カ月も部屋を閉め切っていると、革製品やら何やら部屋中の至るところに、カビやら何やらわけのわからないものが繁茂するのである(怖)。一昨年から二人暮らしに移行して西荻窪に引っ越して以降は、その恐怖から免れられるようになったのだが。

あの腐海の光景を味わうのは、もう金輪際、御免被りたい。ナウシカのような広い心には、なれそうにない(笑)。

桃の数だけ肥え太る

2週間ほど前に、実家のある岡山から、白桃の箱詰めが届いた。

岡山産の白桃はとてもデリケートな果物で(梱包からしてスポンジに包まれてるし)、一番うまいうちに全部食べ切りたかったので、ビニール袋に包んで冷蔵庫で冷やしつつ、毎晩、晩飯の後に1個を相方と分けて食べた。薄い皮をピーラーでそっと剥き、中心の種を避けるように、ばすっと包丁で切り分けて。透明な果肉から滴る、蜜のように甘い果汁。年に一度のお楽しみだ。

そうして箱詰めされていた白桃5個を、5日間かけて食べたのだが、その影響か、体重が1、2キロ増えた。ほかに太りそうなものを食べた心当たりはないし、室内での自重筋トレも続けていたのに。白桃の甘さ、恐るべしである。

だがもちろん、後悔はしていない。またせっせと自重筋トレにいそしもう。