ヤルツァンポ大峡谷

何だか気持が塞いでいて、終日、部屋でだらだらと過ごす。

夜、NHKスペシャルの「天空の一本道 ~秘境・チベット開山大運搬~」という番組を観る。ヤルツァンポ大峡谷の寒村に暮らす人々が、夏の間だけ通行可能になる山道を通って、一番近くのポメの街まで、片道三日かけて往復する様子を追ったドキュメンタリー。ズルッと足を滑らせたら谷底までまっさかさまという崖っぷちの細い道を、黙々と歩いていく人や馬たち。‥‥どこかで身に覚えのある光景だ(苦笑)。ラダックで経験した山道と比べても、ルートの難易度はそれほど高くないように見えたが、雨が多そうだから、土砂崩れが来るとヤバいかも。

若い奥さんから「洗濯機が欲しい」と言われ、街で買った重さ三十キロもある洗濯機を担いで帰ってきた人は、「来年は冷蔵庫が欲しい」と、無邪気で無情なおねだりをされていた(苦笑)。あの村でなら、洗濯機や冷蔵庫がなくても、家族と一緒に愉しく笑って暮らしていけると思うのだけど‥‥。

このヤルツァンポ大峡谷でも、中国は着々とレジャー関連の開発を進めているらしい。

母の味

リトスタのミヤザキ店長のお母さんが、昨夜亡くなったという知らせを聞いた。まだ六十三歳だったという。

ミヤザキさんのお母さんとは二、三度お会いしたことがあるくらいで、ちゃんとした形で話をさせていただいたのは、去年の春、「リトルスターレストランのつくりかた。」の執筆中に一時間ほどインタビューさせてもらった時だけだったと思う。あのミヤザキさんのお母さんだからさらにパワフルな方なのかと思いきや、とても穏やかで、女性的なたおやかさを纏っている方だなあという印象。でも、その内に秘めた芯の強さのようなものは、話をしている時にも伝わってきた。

ちゃんとお会いしたのはその時だけだったのに、訃報を聞いた時、もっとずっと親しくしていた方が亡くなったような気分になったのは、お母さんについて、ミヤザキさんとokayanから本当にたくさんの話を聞いていたからだろうか。

ミヤザキさんが子供の頃から、お母さんは吉祥寺でパブの仕事を続けていた。昼夜逆転しているような生活でも、家事ではけっして手を抜かなかったという。とりわけ心を込めて作っていたのが料理で、ミヤザキさんが高校生になると、お母さんは毎日お弁当を用意していた。そのお弁当は本当においしかったそうで、クラスメイトに「厚焼き玉子、おいしそう!」「その唐揚げ、これと交換して!」とよく言われていたのだとか。

厚焼き玉子も、鶏の唐揚げも、リトスタの不動のレギュラーメニュー。リトスタで出される料理の味の基準は、初代料理長であるミヤザキさんのお母さんの料理だ。お母さんの料理がなければ、リトスタというお店自体が存在し得なかったかもしれない。

お母さんの料理の味は、娘であるミヤザキ店長と、お店のスタッフたちが受け継いでいく。この文章を読んでくださった方は、もし次にリトスタを訪れる機会があれば、ちらっとそんなことに思いを馳せていただければと思う。

謹んでご冥福をお祈り致します。

竹下通り

今日も原宿の知人の事務所で編集作業。きわどかったスケジュールも、どうにか危険水域を脱したようだ。

一昨日から三日間、原宿駅から知人の事務所までの間を、僕は竹下通りを歩いて往復していた。ほかの道からだと、かなりの大回りになってしまうからだ。でなければ、好き好んで竹下通りに足を踏み入れたりはしない。

地球上の物質の中で、僕という人間を構成しているもの以外の元素を合成したら、竹下通りになるに違いない(笑)。僕にとっては、それくらいなじめない場所だ。あの甘ったるいクレープの匂いを嗅ぐたび、一刻も早く逃げ出したくなる。いつもいつも、ものすごい早足で通り抜けていた。

自分的に、竹下通りを一言で言い表すとしたらどんな言葉がふさわしいかと考えていたら、はたと思い当たった。

‥‥メンドクサイや、あそこは(笑)。

通勤の風景

今日も原宿にある知人の事務所へ。ゲラチェックをみっちりとやる。

二日連続で同じ駅まで電車で往復していると、十年前、出版社に勤めていた頃の気分を思い出す。毎朝人いきれでむっとした電車に乗るのも、毎晩酒臭い空気のたちこめる終電で家に戻るのも、ほとほとうんざりしていた。人と同じことをしなければならないとか、毎日同じことをくりかえさなければならないとか、そういうことが僕はつくづく苦手だったのだと思う。

あの頃に比べると、通勤の風景もいくらか変わったようだ。半分以上の人が、手元のケータイやiPhoneをいじくることに没頭して、周囲との間に見えない壁を作っている。通勤時間が得意な人なんて、そうそういないのだろうな。

うきわねこ

昼、原宿にある知人の編集プロダクションへ。今日から三日間、この事務所に出向いて、編集作業をちょこっと手伝うことになったのだ。どうにもこうにも、にっちもさっちもいかないくらい人手が足りないらしいので。赤ボールペン片手に、しばしの間、ゲラと格闘。考えてみれば、人が作ったゲラをチェックするのはひさしぶりだ。

夕方、外苑前のギャラリーで開催中の牧野千穂さんの個展へ。パステルで描かれた繊細なタッチの原画を間近で眺めることができるのは、やっぱりいいなと思う。これまでに書籍の表紙などで使用された作品も素晴らしかったが、個人的には、現在鋭意制作中という絵本のために描かれた絵が特に気に入った。猫が浮き輪で宙に浮いているのが、何ともたまらない。この絵本、テキストは蜂飼耳さんが手がけられているとのこと。完成が楽しみだ。

ひさしぶりにBook 246をぶらぶらした後、夜は昔の職場の人たちと飲み会。青山にある「おやじ」というホルモン焼の店。店名のように豪放磊落な人が仕切っているのかと思いきや、店主さんは結構繊細な神経の持ち主のようで、注文した肉を出す順番から焼き方まできっちりマネジメントされていた。至極上品なホルモン焼をいただいたという感じ。まあ、僕みたいな人間には、李朝園みたいにテキトーにバンバン頼める方が気楽といえば気楽だけど(笑)。