「デーヴダース」

キネカ大森に、インド映画「デーヴダース」の最終上映を観に行った。少し前の新宿ピカデリーでの上映回に行きたかったのだが、終映が終電間際の設定になっていて、家族に迷惑をかけてしまうので、予定を変えた。同じ境遇の人が多かったのか、キネカ大森での最終上映は、満席になったらしい。

この作品、20世紀初頭にシャラトチャンドラ・チャテルジーが著した小説が原作で、さまざまな言語で翻訳・出版されたほか、映画化もこれまで20作品ほどなされてきたという。インド人ならほとんどの人が、これがどういう物語で、どのような結末を迎えるのかを知っている。そうした誰もが知る古典的名作を、サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督は、彼ならではの世界観と、緻密に計算し尽くされた映像美によって映画化した。主役のデーヴダースは、シャー・ルク・カーン。彼の幼馴染の恋人パーローは、アイシュワリヤー・ラーイ。失意のデーヴダースを支える娼婦チャンドラムキーは、マードゥリー・ディークシト。公開当時も、そしておそらくこれからも、これ以上のレベルのキャスティングは望めないだろう。

名家の息子に生まれながら、厳格な父親に対する葛藤を抱え、幼馴染との結ばれない恋に苦悩し、酒に溺れていくデーヴダース。想いに反して別の家に嫁ぎながらも、デーヴダースのことが忘れられないパーロー。自ら酒で身を滅ぼしていくデーヴダースのかたわらで、報われない愛情を注ぎ続けるチャンドラムキー。残酷なまでに美しい映像で彩られた物語は、破滅に向かってまっしぐらに突き進んでいき、ほぼ何の救いも残さないまま、幕を下ろす。いや、それとも、何か希望はあったのだろうか。

史上最速の梅雨明け

数日前から、急にめちゃくちゃ暑くなった。35℃以上の猛暑日が、連発。

昼間に外に出ると、かりっかりに熱い日射しが、首や腕の肌を灼く。風はあるにはあるのだが、ファンヒーターの前に座って、温風を全開で浴びてるかのようだ。まともに歩いていられないので、買い物とかの用事をすませたら、早々に部屋に引きこもり、電力逼迫を気にしつつもクーラーを全開にせざるを得ない。

まだ梅雨だったはずでは……?と訝っていたら、ついさっき、梅雨明けと発表された。ということは、今日から夏か。出だしからこの調子だと、大変な夏になりそうだ。

……まあ、個人的には、あと2週間くらいで、……なのだが。

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アニー・ディラード『本を書く』読了。この本は、文章を書くための指南書ではなく、作家としての心構えを開陳するような本でもなく、ディラード自身が長年にわたって自問自答し続けてきた、「書く」という行為の意味とありようを綴った散文集だ。彼女にとって本を書く日々は、自信と希望に満ちあふれた日々というより、ひりひりと傷口に滲みるような痛みに苛まれ続ける日々だったのかもしれない。僕自身は、同じ書き手として何となく腑に落ちる部分もあれば、そこは少し自分とは違うなと感じる部分もあった。それが当然なのだろうと思う。

「アラスカの無人島で過ごした四日間」

以前、「バター茶の味について思い巡らすこと」というエッセイを執筆した金子書房のnoteに、新しいエッセイを寄稿しました。「アラスカの無人島で過ごした四日間」という文章です。同社noteで組まれている「孤独の理解」という特集のテーマに沿う形で執筆しました。

よかったら、読んでみていただけると嬉しいです。よろしくお願いします。

「カクテル 友情のトライアングル」

今年も始まった、インディアンムービーウィーク2022。僕が最初に観に行ったのは、「カクテル 友情のトライアングル」。監督はホーミー・アダジャーニア。主演はサイフ・アリー・カーン、ディーピカー・パードゥコーン、ダイアナ・ペンティ。10年前に公開された作品だ。

執拗にお見合い結婚を勧める母親から逃れて、ロンドンに引っ越した、システムエンジニアのガウタム。毎夜のパーティー三昧の生活を送るフォトグラファーのヴェロニカ。夫と暮らすためにロンドンに来たら偽装結婚だと告げられ追い出されたミーラ。ふとしたきっかけから同じ部屋で暮らすようになった三人。完璧なバランスに思えた彼らの友情の日々は、やがて、少しずつ変化していき……。

欧州ロケ主体で撮影されたスタイリッシュなラブストーリーは、昔も今もボリウッド映画にたくさんあって、この作品もその系譜に連なるものだ。プリータムによる音楽は華やかだし、序盤のハイテンポでコミカルな展開は観客の期待を裏切らない。ただ、後半のシリアスな展開との落差が結構激しいのと、三人それぞれの内面の変遷を表現する描写がやや足りなくて、唐突に感じられるところもあった。

三人の中では、ディーピカーの演技が見事にハマっていて、圧倒的な存在感を放っていた。「オーム・シャンティ・オーム」でデビューした後、しばらくは演技面で辛口の批評を受けていたそうだが、この「カクテル」で一気にブレークスルーを果たしたという評価も、納得の出来である。企画当初は、ディーピカーがヴェロニカとミーラを一人二役で担当するアイデアもあったそうだ。それはそれで、見てみたかった気もする。

何だかんだで安心して楽しめる、今時のボリウッド作品。よきかな、よきかな。

「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」

7月29日に閉館することが決まった、東京・神保町の岩波ホール。54年間に及ぶというその歴史に幕を下ろす最後の作品に選ばれたのは、ヴェルナー・ヘルツォーク監督のドキュメンタリー「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」。これは見届けねば、と思い、昨日観に行ってきた。

生前からの友人の一人だった監督の語りによって、チャトウィンの人となり、旅の軌跡と思索の遍歴が、南米やオーストラリアで撮影された映像とともに、淡々と、しかしリリカルに紡がれていく。『パタゴニア』や『ソングライン』を読んでいない人には、理解が追いつかない部分がもしかしたらあるかもしれない。ところどころでチャトウィン自身による自著の朗読の音声が挿入されていたのが、しみじみと良かった。

生来の人たらしで、おしゃべりで、作り話が大好きで、誰よりも優れた審美眼と飽くことを知らない好奇心を持っていて、死ぬ間際までずっと、旅に焦がれていた……。

彼には遠く及ばないけれど、僕も、心の赴くままに旅をして、文章を書き続けて、生涯を終えられたら、と思う。