勘が戻る

昨日の朝、インドから帰国した。PCR検査の結果次第では飛行機に乗れない可能性もあったのだが、どうにか無事にクリア。到着時の検疫手続きは、空港内をほぼ一周するくらい歩き回らされて、本当にめんどくさかったけど。出入国前のPCR検査義務も、来月上旬からは撤廃されるらしい(ワクチン接種証明はいるが)。結果的にレアな体験になったのかもしれない。

今回のインド取材、始めたばかりの頃は、細かい部分で旅の所作というか勘が戻らなくて、ちょっと戸惑った。英語での簡単な受け答えがすぐに口に出てこなかったり、ちょっとした荷造りに妙に手間取ったり、割と大事なものごとをうっかり忘れそうになったり。ただ、そうした違和感もしばらくするとなくなって、旅の日々が心身にしっくり馴染むようになった。なまっていた身体も、荷物を担いで旅するうちに、ぴりっと締まって、思い通りに動かせるようになったし。

ああ、これが、本来の自分だったなあ、とあらためて思う。やっぱり、旅をしてなければ、僕は僕じゃない。

旅が始まる

そんなこんなで(どんなこんなだ)明日から、約1カ月半、インドに行くことになった。

目的は、来年以降に出すことが決まっている、新しい本を作るための取材。最初にデリー経由でラダックに入って、その後はひたすら、陸路で移動しながら取材をして回る予定。どこもそれなりに土地勘はあるが、新しく開通したばかりのルートも通るし、コロナ禍の影響でいろいろ勝手が変わっていることもあるだろうしで、気は抜けない。

コロナ禍も、日本では第7波が始まっているようだし、インドでも今後どうなるかはわからない。まあ、今やインド国民のほとんどが抗体を持っているらしいという説も、あながち眉唾とも思えないふしもあるが……。用心するに越したことはない。帰国してからも、仕事の予定はいろいろ詰まってるし。

ともあれ、いよいよ、旅が始まる。いってきます。

Aside

暴力は結局、関わるすべての人を滅ぼしてしまう。
それを防ぐために人が編み出した手段が、司法であり、政治であり、民主主義なのだと思う。
我々は今、人としての原点に立ち戻らなければならない。

『旅は旨くて、時々苦い』

『旅は旨くて、時々苦い』
文・写真:山本高樹
価格:本体1200円+税
発行:産業編集センター
B6変型判240ページ(カラー16ページ)
ISBN 978-4-86311-339-8
配本:2022年9月中旬

異国を一人で旅するようになってから、三十年余の日々の中で口にしてきた「味の記憶」を軸糸に綴った二十数篇の旅の断章が、『旅は旨くて、時々苦い』という一冊の本になりました。一部の書店では、特製ポストカード2種1組とセットにして販売されます。ポルべニールブックストアでは、サイン本と特製ポストカードのセットを店頭とWebショップで販売していただく予定です。よろしくお願いします。

「デーヴダース」

キネカ大森に、インド映画「デーヴダース」の最終上映を観に行った。少し前の新宿ピカデリーでの上映回に行きたかったのだが、終映が終電間際の設定になっていて、家族に迷惑をかけてしまうので、予定を変えた。同じ境遇の人が多かったのか、キネカ大森での最終上映は、満席になったらしい。

この作品、20世紀初頭にシャラトチャンドラ・チャテルジーが著した小説が原作で、さまざまな言語で翻訳・出版されたほか、映画化もこれまで20作品ほどなされてきたという。インド人ならほとんどの人が、これがどういう物語で、どのような結末を迎えるのかを知っている。そうした誰もが知る古典的名作を、サンジャイ・リーラー・バンサーリー監督は、彼ならではの世界観と、緻密に計算し尽くされた映像美によって映画化した。主役のデーヴダースは、シャー・ルク・カーン。彼の幼馴染の恋人パーローは、アイシュワリヤー・ラーイ。失意のデーヴダースを支える娼婦チャンドラムキーは、マードゥリー・ディークシト。公開当時も、そしておそらくこれからも、これ以上のレベルのキャスティングは望めないだろう。

名家の息子に生まれながら、厳格な父親に対する葛藤を抱え、幼馴染との結ばれない恋に苦悩し、酒に溺れていくデーヴダース。想いに反して別の家に嫁ぎながらも、デーヴダースのことが忘れられないパーロー。自ら酒で身を滅ぼしていくデーヴダースのかたわらで、報われない愛情を注ぎ続けるチャンドラムキー。残酷なまでに美しい映像で彩られた物語は、破滅に向かってまっしぐらに突き進んでいき、ほぼ何の救いも残さないまま、幕を下ろす。いや、それとも、何か希望はあったのだろうか。