やれることはやる

ワールドカップ開幕の日。打ち合わせの予定があったので、開幕戦より睡眠時間を優先。さすがに五時起きは無理だった。

朝のうちはいい天気だったのに、出かける頃になって急に雷鳴が轟き出し、どしゃ降りの雨が。ぎりぎりまで待つうちに止んでくれたので、濡れずにすんだが、最近の天気、ほんとに油断ならない。

今日の打ち合わせは、今作っている本のプロモーションについてのもの。僕みたいな外部の編集者からそういう場を設けてほしいと申し出るケースはあまりないそうなのだが、やってよかったなと思う。本の内容や狙い、それをどう書店やメディアに伝えていくか、みっちり話し合うことができた。

本づくりの仕事では、本そのものを作るだけでなく、それをできるだけいいやり方で読者に届けることも大切になる。やらなければいけないこと、やろうと思えばやれることは、いくらでもある。だから、やらなきゃ。力を貸してくれた人たちのために。

飛び去っていく時間

終日、部屋で仕事。再校のチェックを進めながら、明日やることになった打ち合わせの手配や、初校が出た表紙回りのデータについてのやりとりなど。ついさっき、おひるにコンビニのサンドイッチを頬張りながらキーボードを叩いてたと思ったのに、今はもう夜半過ぎ。時間が、あっという間に飛び去っていく。

子供の頃、といっても小学校低学年くらいからのぼんやりした記憶しかないけど、その頃の僕には、自分の人生の先に横たわっている時間なんて、ほとんど無限に近いんじゃないかと思えるほど、時が経つのがゆっくりに感じられていた。今は、一日が同じ24時間だなんて信じられない。これから先の十年も、きっとあっという間なんだろうな。

まあ、それまでに、何かの拍子でぱたりと止まってしまうかもしれないけど。それもまた人生。

「才能」がなくても

最近、「才能」とか「素質」などと呼ばれる能力について考えることがある。生まれながらに持ち合わせた、他の人より秀でた能力。確かに、そういう力があるに越したことはないなと思うし、ある人はうらやましいなと思う。

ただ‥‥あまり範囲を広げすぎると収拾がつかなくなるけど、少なくとも僕が属している「本づくり」の世界では、「才能」がなくても、その差を埋め合わせて、ちゃんとした本を作ることはできると思う。それは執筆や編集、写真、イラスト、デザインなど、各職種にも通じる。

世の中でどんな本が読まれているのか、その中で自分が好きなのはどんな本なのかを「観察」すること。なぜそれがいいと思うのか「分析」すること。その上で、自分はどんな本を作りたいのか、その本で何を伝えたいのかを「突き詰める」こと。その本を実現するために必要な人に「協力」してもらうこと。細部まで手を抜かず、丁寧に、徹底的に「作り込む」こと。

忘れてはならないのは、本は、単に売り上げや人気だけを争うために作るものではないということだ。きちんと作られた本には、それぞれ果たすべき役割があって、届けられるべき人がいる。作り手の「才能」を見せつけるために本はあるのではない。作り手が伝えたいと思っている大切なことを伝えるために、本はある。

再校出稿

昼、デザイナーさんから、今作っている本の再校のPDFが届く。きれいに仕上げていただけて、本当に感謝。そこからさらに詰めていく作業に、これから没頭するわけだが。

その後は、関係各所へのメールや電話での連絡や、本に使う用紙についての最終打ち合わせなどに追われる。夕方はちょっと外に出て、まほろばさんでコーヒー豆を補充し、晩飯の食材の買い足し。今日はラタトゥイユと、キュウリと刻みショウガとゴマ油で浅漬けのようなものを作ってみた。夏野菜を食べると、身体の血の巡りがよくなって、じめじめした気分を吹き飛ばしてくれる気がする。

さて、ここからだ。

もの忘れ

いろんなことを、よく忘れる。もの忘れというか、そもそもぼんやりしてるというか。

あることを、やらねば、と思っても、その後何か別のことに気を取られると、すこんと忘れてしまったりする。晩飯に作るカレーの材料を買いに行って、意気揚々と引き揚げようとしたら、よりによってカレー粉だけ買い忘れてて、スーパーに引き返したりとか。

そういう他愛のないことならまだいいのだが、台所の火の始末とか、取材に出かける前の支度とか、そういうことでやらかすとシャレにならないので、最近はかなり用心深く予防線を張るようにしている。取材の場合だと、朝起きて出発する時間から現地到着までの乗り継ぎ情報を紙に全部メモして、目立つ場所に置いておくとか。こんなもんで大丈夫だろと油断してると、だいたいろくでもないことをやらかす。

慎重派というより、もうすっかりおっさんの領域であります。