ワイルドなエアコン

ガスの種火をつけてないのに、台所で蛇口をひねると、水ではなくぬるま湯が出てくるようになった。

それにしても、唐突に暑すぎる。今日はずっと部屋で原稿を書いていたのだが、昼過ぎには、どうにも蒸し暑くて集中できなくなってきたので、30分だけエアコンをつけて部屋の空気を冷やそう、と考えた。

うちのエアコンは引っ越してくる前からの備え付けで、夏も冬もあまり使わないので、リモコンの操作方法を未だによく把握していない。とりあえず運転モードを「冷房」にして、パワーの切替を‥‥どれにすればいいんだっけ。「パワフル」「ワイルド」「ソフト」「しずか」‥‥ん? ワイルド?

ワイルドなエアコンって、どんなエアコンなんだろう。しっちゃかめっちゃか、日本の家電にあるまじき破天荒な吹き荒れ方でもするんだろうか。そう思いながらもう一度よく見ると、「ワイルド」ではなく「マイルド」だった。何だ、がっかり。

しかし、それはそれで、マイルドとソフトの違いは何なのか、よくわからない‥‥。

夏のスイッチ

昨日の夕方、晩飯にゆでていたそうめんを流し台でざるにあけて、ゆで汁からたちのぼる匂いをかいだ時、あ、夏が来たな、と思った。

僕にとっては、そうめんのゆで汁の匂いで夏のスイッチがぱちんと入ったわけだが、世間的には、台風8号がそれだったらしい。台風一過の青空の下、さて、洗濯物を干そうかと戸口を開けたとたん、ぶわっと熱風が吹き込んできて、びっくりした。群馬の方では、38℃まで気温が上がったとか。スイッチどころか、いきなりアクセル全開である。

そんなわけで、今宵もそうめん。おかずには、昨日のうちに薄切りにして塩もみしておいたゴーヤを、茗荷と胡麻油であえたものを。これから先もいろいろ予定が詰まってるから、夏バテしないようにせねば。

あと二カ月

台風が近づいてるからか、風が強く、やたら蒸し暑い。何もしなくても気力がそげていく。

終日、部屋で仕事。昨日取材した分の原稿に取り組む。夜までにはほぼ形になったが、明日からはまた、いくつか書かねばならない原稿がある。小さいながらも切れ間なく仕事が来るというのはありがたいことなのだが、「撮り・旅!」という難関を終えた後なので、正直、しばらくぼーっとしていたい気分なのも確か。

誰もいない湖のほとりで、一週間くらいテントを張って、歩き回って、写真を撮って、本を読んで、寝転んで空を見上げて‥‥。あと二カ月ほどしたら、たぶん、そんな日々が来る。

どちらの気持も

雨粒が落ちてくるのは見えないのに、歩いてると服がじっとり湿ってくるような、そんな天気の日。

午後、南大沢で取材。相手の方に、「ライターという仕事は大変でしょう? 実はうちの息子も、フリーライターをやっているんですよ」と言われる。どんなジャンルのお仕事を、と聞くと、机の上にあった、音楽やサブカル系のムックを見せてくれた。各ページに散らばる小さな記事に、一つひとつ、丁寧に付箋が貼ってあった。

「でもね、この間、身体を壊して、入院してしまったんですよ」

聞くと、週刊誌の編集部から無茶なスケジュールでの仕事を立て続けに依頼されたり、悪質なクライアントに原稿料を踏み倒されたり、あちこち振り回されているうちに体調を崩してしまったのだそうだ。

「ライターの仕事はやめた方がいいんじゃないか、とも言ったんですが、聞いてくれなくてね‥‥」

そうですね、とも、もう少し見守ってあげてください、とも、僕は言えなかった。何者かになろうとして、必死にあがいている駆け出しのライター。息子の書いた記事に付箋を貼りながらも、行末を案じている父親。どちらの気持も、僕には痛いほどわかる。

たぶん僕は、他の人よりほんの少しだけ運がよかったから、今の仕事をかろうじて続けられているのだと思う。

島田潤一郎「あしたから出版社」

あしたから出版社吉祥寺のひとり出版社、夏葉社を経営する島田潤一郎さん自身による初の著書「あしたから出版社」。島田さんの文章は今はもうなくなってしまったブログで何度か拝読していて、その飾らないユーモラスな文体がすごくいいなあと思っていたので、この本も読むのをとても楽しみにしていた。で、自分の本が校了した後の帰り道、三鷹の啓文堂書店でこの本を買い、その日のうちに一気に読んだ。

バイトや派遣の仕事を転々としながら作家を目指して悪戦苦闘していた島田さんは、これ以上ないほど仲のよかった従兄の死をきっかけに、残された叔父や叔母の心に寄り添うような本を作りたいと、一人で出版社を立ち上げる。自分自身のためにもがいていた人生から、大切な人のために本を作ろうとする人生へ。訥々と語られる会社の設立から現在に至るまでの日々を読んでいると、夏葉社の本がなぜこれほど多くの読者から支持されているのか、なぜ多くの出版人や書店からの共感を集めているのかが、よくわかる。やっぱり本は、誰かのためにこそ作られるべきものだから。

僕は出版社を営んでいるわけではないけれど、組織に属さず一人で本づくりの仕事に携わっている者として、この「あしたから出版社」に書かれている島田さんの言葉は、もう、どれもこれも身に沁みて、わかりすぎるくらいわかってしまって、とても他人事とは思えなかった。僕自身、二十代の頃は出版の世界で何者にもなれず、どん詰まりの日々を送りながら、地べたを這いずるようにして生きていたから。

この本は、島田さんがまえがきで書かれているように、出版の世界に限らず、社会の中でいろんな生き方を模索している人にも通じる内容だと思う。でも、本にまつわる仕事に携わっている人にとっては、ひときわ強く心に刺さる言葉がたくさん詰まっている本でもある。

読者に届けるべき本は、必ず、いい本でなければいけない。そうでないと、全部、意味がない。

ぼくは、そういう、あこがれるような本をつくりたいのである。

ただ、便利なだけではなく、読むと得をするというようなものでもない。もちろん、だれかを打ち負かすための根拠になるようなものでもない。

焦がれるもの。思うもの。胸に抱いて、持ち帰りたいようなもの。

本づくりに携わる人たちの中で、こうした言葉を読んで、励まされたり、逆にくやしさを感じたりする人は、きっと多いんじゃないかと思う。まったく何も響かないという人がいたとしたら、たぶん、何かが決定的にズレている。

ほんのささやかなものかもしれないけれど、僕たちがやっている仕事には、きっと何かの意味がある。そんな勇気を与えてもらった一冊だった。